07



街で追っ手に追われている時、助けてくれたヒュウガはかっこよかった。
冗談でもキスするって言われた時、ドキドキしたけど嫌じゃなかった。
嫌じゃなかったってことはキスされても良かったってことになる訳で…。
キスされても良かったってことは…


「…好き?」


異性として??
私の恋人は研究室です、みたいな私が?!?!


「いやいやいやいや…。」


まさか、そんな。


「ないないないない…。」


弟を探し出さなくちゃいけなくて、そんな暇ないのに??
それでも好きなんて…恋心とは恐ろしいものだ。

種さえ蒔けば勝手に芽を出して葉をつける。
花が咲くのは恋心が実った時だろうけれど、私はこの花を咲かせる気はない。
だって、しなくちゃいけないことがたくさんあるのだ。

恋とか…好きとか…


「…」


自覚すると一気に恥ずかしくなって、私は枕に顔を押し付けて手足をバタつかせた。


「…何、しているのかしら??」

「ッッッ!!エ、エレーナ!!おかえりなさい!!ちょっと泳ぎの練習を!!」

「ただいま。もう夏は終わっているけれど…。まぁいいわ。チョコレートケーキを買ってきたのよ。お茶にしましょう??」

「うん!」


マズイまずい。
エレーナに恋してることがバレたら…。

私がヒュウガに恋しているということは、ブラックホークに会ったことがあるということに繋がるからバレることだけは避けたいのだが、バレたら…あれ??一体どうなるんだろう。

『まぁ恋しているのね!!可愛いお洋服をもっと買ってこなくっちゃ!』とまるで自分のことのように嬉しがってはしゃぐエレーナも想像つくけれど…。

『あら、どこの馬の骨かわからない男に名前はあげられないわ。抹殺対象ね。早急に手を打ちましょ。』とニッコリ微笑むエレーナも安易に想像がつく。

私が知らない男と付き合っているだなんてきっと、エレーナには耐え切れないだろう。
恐らく答えは限りなく後者に近いと思う。
これは絶対バレる訳にはいかないな。と心に誓いを立てながら椅子に座った。


「昨日名前が作ってくれたアリスだけど、」


エレーナはテーブルに紅茶とチョコレートケーキを並べながら言葉を紡いだ。

昨日私が作ったというアリスは改良したアリスだ。
図書館で使ったアリスは、幻覚症状を引き起こして結局脳や心臓が壊死してしまったけれど、エレーナの言うとおりに壊死しないように改良した。
つまり、壊死することはないから殺されるまで人を襲い続ける…。


「よく頑張って作ったわね。太陽の光に晒されると不安定になってしまうのは変わらないみたいだったけれど、十分よ。」


向かい側にはエレーナが座った。
フォークを手に取ってから口に入れると甘すぎないチョコの香りが広がった。


「やっぱりここのチョコレートケーキ美味しい。」


食事中にアリスの話はしたくなくて、私は会話を変えてみた。


「名前、このお店のチョコレートケーキ好きだったものね?」

「うん、好き。」

「その隣にあるお店のアップルパイも好きだったわよね?」

「うん、好きだよ。」

「好きな人でもできたの?」

「うん、でき………」


……はた、と口と動きを止めた私にエレーナはにっこりと微笑んだ。


「やっぱりね。」

「……」


未だに固まっている私とは違い、エレーナは平然としてケーキを一口食べて紅茶まで啜る。

何も言わないエレーナに私は若干の冷や汗が流れた。
無言が一番怖い。
特に責められている訳でもないのに責められているようだ。

前者でも後者でもない想像を越えた反応に私は未だ固まったままだ。
しらばっくれようかと思いもしたが、恐らくすでにもう遅いだろう。


「相手が誰か…き、聞かないの?」


重い沈黙が嫌で、私はゆっくりと口を開いた。
結局肯定してしまったわけだけれど、相手が誰なのかバレなければ問題ないだろう。


「あら、聞いていいの?さっきはぐらかしたから聞いたらダメなのかと思ったわ。」


あれ…?
意外とエレーナ落ち着いてる…。
もしかしてこれは前者の方だったか??


「研究者の中の一人?それともガードマン?…はおじさんばかりね。じゃぁもしかしたら最近街によく脱走しているのは男の人に会いに??」

「な、内緒。」

「あらあら。恥ずかしがってちゃダメよ??」

「内緒ったら内緒!大体いいの?もしかしたらホントに街に男の人に会いに行ってるかもしれないんだよ??」

「そうねぇ…。名前に想われているだなんて、今すぐにでもこの街にいる男という男をしらみつぶしに捜し見つけ出して、目や鼻を抉って殺したいくらいには憎くてたまらないけれど…名前が好きになった人だものね。そんなことしてしまったら名前が泣いちゃうでしょう?泣く名前はあまり見たくないから…殺したりはできないわね。」


苦笑しながら紅茶を啜ったエレーナは小さく息を吐いた。
綺麗な顔して惨く物騒な言葉の連続だった気がする。


「名前もそういうお年頃なのね…。私寂しいわ。」


エレーナ、そういうお年頃って…私20過ぎですよ??
少し遅すぎやしませんかね??


「エレーナにはいないの??好きな人とか…。恋人とか…。」


ふと考えてみたらエレーナにあまり男の影をみたことがない。
いつも私の事を気遣ってくれるし、ここに来る時はエレーナ1人か、たまにジュードという男の人と2人で来るぐらいだ。

もしかしたらジュードと恋人同士なんじゃ…??とこっそり思っていたりするのだけれど、エレーナは「いないわよ。」と首を振った。


「欲しいと思っていないもの。私には名前がいてくれるだけでいいんだから。名前が好きな人と結婚して子供を産んで。その子供をこの腕に抱ければそれでいいかなぁ。」

「……そっか。叶うといいね。」

「えぇ。」


アリスを作って、アリスを使って。
そんな私達に普通の幸せがくると私は思っていないけれど、エレーナは近いのか遠いのか、そんな日がくるのかこないのか、わかりもしない未来に思いを馳せたように目を細めて微笑んだ。




***




「あだ名たんたちがいる場所ってここであってる??」

「…」

「…あだ名たん??」


おーい、聞いてる??と手を目の前で振られて私はハッとした。


「ごめんなさい!なんですか??」


せっかく皆が弟を探してくれようとしてくれているのに、私はボーっとしてしまっていた。
連日続くアリスの改良に少し疲れがでてしまっているのかもしれない。


「あだ名たんたちがいる場所ってここ?って聞いたんだけど…眠たいの?」

「いえ、大丈夫です!私とエレーナの場所ですよね?はい、ここです。」


第一区の地図を指差す。


「弟を探すためにここ一帯は探したんですが見つからなくて。もっと別のところかもしれないです。」

「心当たりとかある?」

「離れたところにアリスを大量生産する場所があるらしいんですが、多分監視しやすいように同じ建物だと思ってます。だけど場所までは知らないです。少なくとも太陽の光が当たらなくて、人気のない場所だとは思うんですが。」

「搾り出してみましょう。」


ハルセさんがパソコンで調べていくと、数箇所の候補が上った。


「北のエリアをハルセ、クロユリ。西をコナツとヒュウガ。南をカツラギで東を私が探す。」

「えっ?!!?」


参謀長官の言葉に私は驚いて顔を上げた。


「何だ、文句でもあるか?」

「文句といいますか…その、カツラギさんと参謀長官がお一方ずつというのは…危険のような気が…。」


強いのはわかっているけれど、それでも相手は人間だけではない。
あのアリスだって使われるかもしれないのに、それはあまりにも迂闊すぎるのではないだろうか。


「ではお前も来るか?」


冷や汗と共にごくりと喉が鳴った。


「……」


たっぷりの空白を空けて、私はゆっくりと頷いた。


「行きます。」

「冗談だ。」


人がせっかく決心して頷いたというのに、『冗談だ』の一言で片付けられてしまった。


「戦えない人間が来ても邪魔なだけだ。」


邪魔とハッキリ言われてしまったことに地味にショックを受ける。
今まで必要としかされてこなかったから『邪魔』といわれたのは初めてだ。


「足手纏いとも言うよ。」


クロユリくんも意外と言いますね。
泣きそうです、私。


「決行は明日23時だ。」


ついに動き出したブラックホーク。

明日23時…。と一人頭の中で繰り返していると、参謀長官は長官室に、皆も話しは終わったとばかりに仕事に戻っていく。
サボりに行こうとしているヒュウガの袖を自然と掴んでしまっていた私に、ヒュウガはキョトンとして私を見下ろした。


「どうしたの?」

「…あ、あの。その…気をつけて、下さいね。」

「うん♪」

「あまり太陽の光が当たらないところにはいかないようにして、あ、でも決行は夜でしたね。えっと、えっと、」

「うん。大丈夫。心配しないで♪」


私を安心させるためなのだろう。
ヒュウガは私の頭に手のひらを乗せてから優しく撫でた。

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