馬鹿としか言えない



「落ち込むくらいならさ、アヤたんの告白受けちゃえば良かったのに。」


ヒュウガ様の何気ない一言に掃除をする手を止めた。


「落ち込む?誰がですか?」


モップを壁にかけて、その横にもたれかかる。
メイドとしては少しふてぶてしい態度だけれど、ヒュウガ様が気にしていないので良しとする。


「あだ名たんがだよ♪」


落ち込んでいる?
私が?

まさか。
そんなこと。

ただ少し顔を合わせにくいと思ったり、どう会話したらいいのか、全くさっぱり分からなくなってしまって戸惑っているだけだ。

アヤナミ様の告白を断って2日。

追い出されることもなく今も図々しくアヤナミ様の傍らに居座っている私。
我ながらなんて面の皮が厚いんだ。


「ヒュウガ様、何を勘違いされているかわかりませんが、私は落ち込んでなど…」

「でもずっとアヤたんのこと見て切なそうな顔してるよ☆」


切なそうな顔?
確かにアヤナミ様を目で追っていることは確かだ。
それは認める。

だって少しでも長くあの人を見つめていたいから。
いつ側を離れないといけないかわからない。
一分でも一秒でも、この目に焼き付けておきたい。


「今アヤたんのこと考えたでしょ?フッたのに愛おしそうな顔するのなんで?」


ミラクルファイアーストレートボールを投げてくるヒュウガ様。
全く持って打ち返しきれない。

誰でもいいから助けを…と思うけれど、残念ながらアヤナミ様とカツラギ様は会議、クロユリ様とハルセ様は遠征、コナツ様は仕事をしないヒュウガ様を探しにどこかへ行ってしまっている。

入れ替わりで戻ってきたヒュウガ様を見て、コナツ様を少しだけ憐れに思ったことは内緒だ。

しかし辛うじてそんなコナツ様だけが戻ってきて今の状況を助けてくれる頼みの綱だ。
それはそれは細い綱だけれども。


「ヒュウガ様、お仕事されないとコナツ様に怒られてしまいますよ。」

「はぐらかさないで教えて♪」


林檎飴を齧りながら聞いてくるヒュウガ様は軽い口調とは裏腹に真っ直ぐに見つめてくる。

どうやら逃げれそうにもない。
この人はアヤナミ様のことになると目の色を変えるから。

アヤナミ様はたくさんの人に尊敬、そして敬愛されている。
私もまた、その一人なのだけれど。

いや、やっぱり違う。

敬愛ではない。
ただ、純粋に愛しているのだ。


「あだ名たん、教えて♪」


急かすヒュウガ様は忍耐強く私の応えを待つ。


「……好きという気持ちだけでは…、どうにもならないことがあるのです。」

「それってメルモットのこと?」

「……はい。私はメルモット様のおかげでここに居ることができますから。」

「ん??あだ名たんここに居たいんでしょ?ならメルモット裏切ればいいじゃん♪」


わーオレってばナイスアイディア☆だなんて当たり前のように言うヒュウガ様に、ついつい口が開く。


この人は何を言っているんだ。
前々からアホだアホだと思っていたけれど、もう馬鹿としか言えない。


「裏切れば私も命を狙われることになります。私は自分の身を守れるほど強くはありません。」

「アヤたんが守ってくれるよ♪この数ヶ月間、あだ名たんはアヤたんの何を見てきたのさ。そんな甲斐無しに見えた?」


的確に人の痛いところを突いてくる人だ。

…心が痛い。
今すぐこの場に蹲りたいくらいだ。

そんなのわかっている。
アヤナミ様はきっと当然の如く守ってくれるのだろう。
わかっているから…告白を断ったのだ。


「…ただのメイド風情がそんな迷惑かけられません…。」


ヒュウガ様は首を傾げて長い足を組んだ。


「ただのメイド風情??あだ名たんはアヤたんに好かれたんだよ?その時点で『ただの』でも『風情』でもないでしょ。多分『メイド』でもないよ。あだ名たんは『あだ名たん』だよ。アヤたんはあだ名たんのことが好き、あだ名たんはアヤたんの事が好き。アヤたんは強くてあだ名たん一人守るくらい全然平気。これ以上に何か必要??裏切っちゃえ☆」


あぁ、この人は本当に馬鹿だわ。


アヤナミ様に甲斐性なんてありすぎるし、本当にかなり強い。


……あぁ、ホントにヒュウガ様は馬鹿だわ。


でも、その提案を実行してしまおうだなんて心揺さぶられた私も…相当の馬鹿だけれど。



「……考えておきます。」

「ん♪」

「因みにヒュウガ様、先程から思っていたのですが…、何故私がアヤナミ様に告白されたと知っていらっしゃるのですか??」

「勘♪二人がぎこちないからついにどっちかが告白したかなぁ〜と思って。あだ名たんの方が気まずそうにしているからアヤたんが告白したんだろうなって☆」


「さすがでございます。しかしヒュウガ様、その頭の回転はぜひ溜まっている書類に向けられてくださいね。」

「考えとく♪」


先程の私の返しを真似されて、私は急にアホらしくなった。
考えるのも、悩むのも、疲れてしまった。


「ヒュウガ様、しがないメイドの頼みを一つ聞いていただけませんか?」

「何?」

「今からメルモット様のところへ赴きます。…護衛を。」

「いいよ☆可愛いあだ名たんのためだし♪」

「違いますでしょう??アヤナミ様のためですよね??」


小さく微笑むと、ヒュウガ様もつられるようにして笑った。


(なんて馬鹿な二人)

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