君は君のままで、
仕事も終わり、食事も済ませると名前はキッチンから戻ってきた。
「アヤナミ様。食後はコーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
「紅茶にブランデーを。」
「かしこまりました。」
いつもと何ら変わらない行動と態度と口調の名前の後ろ姿を見ながら、ソファに座って腕を組む。
特別何かに文句があるわけではない。
だが少し腑に落ちないのだ。
すでにキッチンに消えた名前を思い浮かべながら小さくため息を吐く。
ついでに足を組むと、紅茶を持ってきた名前に行儀が悪いですよ。と言われた。
「早かったな。」
注意はされたが組むのを止めることはしない。
名前もそれにわかっているらしく、何度も言ってこない。
「何となく紅茶と仰るような気がしまして、紅茶の用意をしておりましたので。」
思ったとおりでした、と言って当たったのが嬉しそうに笑う名前に微笑み返す。
こうしていると、出会った頃より笑顔が増えたと思う。
それは名前だけでなく、私自身も。
ヒュウガに見られたらきっと一年はからかわれるんだろう。
それだけは阻止しなければ。
参謀長官という役職についている上に、ブラックホークを率いている自分が何だか丸くなったような気がする。
一人の女に絆されているような気がしてならない。
悪い気はしないが、何となくたまにくすぐったさを感じるのだ。
この名前が側にいるという幸せに、微笑み合うことができるという幸せに、愛し、愛されることができる幸せに。
たまらない満足感と高揚感さえ覚える。
そして理不尽な独占欲までも。
しかし名前はどうなのだろうか。
笑顔が多くなったとはいえ、無意味に笑うような女ではない。
それは愛想という言葉を少しは知るべきだと思うほど。
だがそんな名前もたまに動揺を見せることもある。
それは例えばベッドに引きずり込んだ時、深い口づけをした時、愛を耳元で囁いてやった時。
しかし付き合っているのだからもう少し甘えてもいいのではないだろうか。
考えてみれば恋人同士が『様付け』というのも変な話しだ。
「名前、私の名前を言ってみろ。」
紅茶を一口嚥下して唐突にそんなことを言うと、名前は立ったままキョトンとしてみせた。
「アヤナミ様…ですけれど…どうなさったんですか??記憶喪失ですか?それともたった少しのブランデーに酔われました?」
「記憶喪失でも酔ってもいない。それに先程の質問に対する答えは不正解だな。」
「申し訳ありませんが、私にはアヤナミ様の仰りたいことを察することができないのですが。」
「私の名前は?」
「…アヤナミ様です。……もしや体調でも悪いのですか?アルツハイマーは少しお早いような気がしますが……」
「私の名前は『アヤナミ様』ではないが。」
「……」
名前は少し悩んだ後、ハッとして頷いた。
「アヤナミ、です。」
「そうだ。ではいつもそう呼べ。」
命令のように言うと、名前は目を数回瞬かせて一歩後ずさった。
「ご冗談を。メイドが呼び捨てなんて…前代未聞です。」
「もうメイドではないだろうが。恋人として振舞え。」
「ですがお給料はいただいておりますので、メイドです。」
「恋人だ。」
「メイド兼恋人です。」
「名前、今の時間は?」
「…21時30分ですけど…」
「そうだな。名前の勤務時間は当に過ぎている。なら今は恋人としての時間ではないのか?」
「言いくるめようとされても無駄ですよ。」
「頑固だな。」
「アヤナミ様こそ。」
名前は小さく自嘲気味にため息を吐いて、私の隣に小さく座った。
「正直に申し上げますとですね…。どうしたらいいのかわからないのです。」
「なんだそれは。」
名前は複雑そうに苦笑してみせた。
「今までメイドとして振舞ってお側にいたのに、急に恋人だなんて…どうしたらいいのかわからなくて、これでも戸惑っているんです。」
…そうか。
あまりそうは見えなかったが。
ポーカーフェイスなのも困りものだな。
少し抱き寄せるだけで赤くなるくせに。
内心一人ごちて、赤くなる名前を思い出したら気持ちが満たされた。
実際に名前の肩に手を回し、体を抱き寄せてやれば、名前はいつものように頬を少し赤くした。
たったそれだけで先程持たされた心が幸せと愛おしさで溢れかえる。
「…普通にしていたらいい。」
小さく囁いてやりながらこめかみにキスを送る。
「今、様付けで呼ぶなと仰ったのはアヤナミ様ですけれど…。」
「気が変わった。」
「なんですか、それ。」
「名前がしたいことをしたいようにして、言いたいことを言いたいように言えばいい。だが、毒舌はあまり関心しないがな。」
「得意技なんです、お気になさらないでくださいませ。」
「しかし少しくらいは口調を柔らかくしてもいいと思うがな。名前の口調は固すぎる。」
「好きなようにしていいと言っておきながら、さっきから何なんですか。」
「…あれだ、
(結局のところ、どんな名前も愛おしいんだ)
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