Just after the Rain
今日の天気は雨だった。
朝からずっと雨が降っている。
まるでバケツを引っくり返したように雨はひどく、一向に晴れそうもない。
せっかく今日はシーツを干そうと昨日から思っていたのに、生憎のこの天気に朝から調子が狂わされたとため息を吐く。
ぶ厚い雲に隠れた太陽が恋しい。
今日はお日様の匂いのシーツとお布団で眠れると思っていたのに。
まぁ結局はアヤナミ様に抱きしめられて眠るから、最終的にはアヤナミ様の香りを感じながら眠ることになるのだけれど。
それでも、無性に今日はシーツを干したい日だった。
そんな朝の出来事もあり、私は不満げに執務室までの通路を歩いていた。
部屋の掃除も終わり、そろそろ執務室に行って皆様にコーヒーでも、と思ったのだ。
いくら恋人になったとはいえ私はメイド。
勤務中はあくまで仕える身。
アヤナミ様がいつも恋人として振舞えと仰られても首を縦に振ることはなかったし、これからも頷くことはない。
仕える身。
いつもはそれで納得していたし、それでいいと思っていた。
なのにだ。
なんでだろうか。
心の中がモヤモヤする。
アヤナミ様の声がする、と思って執務室へ向かう通路とは逆の通路をふと見たら、そのアヤナミ様が女性の軍人と話をしていたのだ。
少なからず、今までにもそういうことはあった。
彼は軍人で、その女性も軍人なのだから何か用事があったら話すだろう。
そう、わかってはいるのに、何故か今日はそういう風に捉えることができないでいる。
いや、今日だけではない。
ここ最近ずっとだ。
モヤモヤして、どうしたらいいのかわからなくなる。
運よくアヤナミ様はこちらに背を向けて立っているので、私はバレないように半ば駆け足で執務室の方へと駆けた。
「名前、何かあったのか?」
ベッドに座り、いつものように『寝るぞ』と名前を手招いていた時のことだ。
急に名前が『今日は自室で寝ます』と言ったのだ。
付き合い始めてからというもの名前の部屋はあってないようなもので、寝食は毎日共にしていたからこういうことは初めてだった。
珍しく俯く名前は少し子供っぽくもみえた。
「…名前?」
返事をしない名前の手をそっと握って軽く引き寄せる。
両足の間に名前を挟めてその俯いた顔を覗き込めば、ふいと目を逸らされた。
今までにない出来事につい一瞬固まってしまった。
何か嫌われるようなことでもしただろうか。
必死になかなか動かない頭を回転させるも全く出てこない。
朝起きた時は普通だった。
朝食を摂る時もいつも通りで、少しヘンだ…と思ったのは会議から執務室へ戻った時だ。
その時は名前は部屋を掃除するといっていたし、私は会議だったので関わってはいないはずだ。
ならばなんだろうか。
「…ヒュウガにでも何か言われたか?」
「あの人如きに何か言われたくらいでへこんだりしません。」
毒舌は相変わらずだが、その声は少し悲しみと怒りを孕んでいるようだった。
「では私が何かしたか?」
「……別に何もしてませんけど。」
ふて腐れている。
今の名前にはその表現がきっと一番合っていると思う。
泣くでもなく、怒るでもなく、名前は必死に何かと戦っているようでそれっきり口を固く閉じた。
少し強めにもう一度手首を引っ張ると、今度は名前も引っ張り返し、微妙な空気が急に重くなった。
名前は自分の側にいるのに何だか遠くにいるような気分に陥る。
「名前、理由を言わねばわからぬ。」
そういって名前の頬に手を添えるが首を横に振るばかりで口を開かない。
しばらくそうしていると、名前は小さく唇を噛んだ。
その赤い唇をそっと指でなぞってやると、名前はやっと唇を開いてみせた。
「もうしわけ、ありま…せん」
やけに弱々しい声。
「他に好きなやつでもできたか?」
それともメルモットのところに戻るのか?そう聞くと、名前は私の手を強く握って力強く首を横に振った。
「違うんです…。ただ、この感情をどう消化したらいいのかわからなくて…、それで、」
「感情?」
問いかけると、名前は少し黙った後に小さく頷いた。
「アヤナミ様が、」
そう一言呟いた名前の瞳から涙がはらりと零れてギョッとした。
そして自分の名前が出てきたことにも。
私が、私が何だというのだ。
何をしたと??
もう一度頭を回転させるがそれでもやはり出てこない。
名前が泣くようなことをしたのだろうか。
これが泣くのは滅多にない。
それほどのことを…、そう思うと次に発せられる言葉にこれでもかと耳を傾けた。
「…女性といらっしゃるのを見かけて…。別に一緒にいらっしゃるのはいいんです、ただ女性の方が楽しそうに話されていたので、それで、私、」
話の途中で腕を思い切り引っ張って抱きしめると、名前は驚いたのか涙で濡れている睫毛を数回瞬かせて見上げてきた。
「消化する方法を教えてやる。」
驚いて涙も止まったらしい名前をベッドに組み敷いた。
「そういう時は素直に『嫉妬した』と言ってキスを強請ればいい。」
たまに自分が怖くなる。
名前が愛おしすぎて、自分を抑えきれない。
名前は私の下で震える唇を必死に開いた。
「私は…恋人という立場になって少し我が侭になった気がします…。」
「お前は少し我が侭になってもいいくらいだ。」
そういって鼻先にキスを落とすと、名前は一筋涙を流した。
「しっと…してしまいました。」
言葉を必死に紡ごうとする名前の涙を唇と舌で掬い取る。
「きす、して欲しいです…」
ギュウッと目を瞑る仕草が可愛くて、髪を撫でてやった。
「名前相手に他の女を見る余裕などあるものか。」
愛らしい笑顔だけでなく、泣き顔や起こった表情さえ見逃すまいと必死で、自分でも笑ってしまうほど名前に夢中だというのに。
最近では無表情さえも可愛く見えてしまうのだから重症だ。
名前の濡れた睫毛にキスを落として、それから瞳同様に固く閉じられている唇にもキスを贈った。
上唇を軽く吸い、舌先で唇を割り歯を舐める。
そうすると名前は息が出来なくなってきたのか、空気を吸うために口を開いた。
その隙を逃さず、名前の口内に舌を潜り込ませる。
歯列をなぞり、逃げる舌を追って舐めあげると名前の手が肩口を掴んできた。
その仕草一つ一つも愛おしくて、角度を変えると今度は舌を絡めた。
たまに吸い上げてまた絡める。
やっと満足して唇を離した時には、名前は頬を赤く染めて息を荒くしていた。
満足した、と思っていた気持ちがそんな名前の様子に昂ぶる。
外の雨は昼間よりひどいのに、その雨音は全く気にならないほど名前に夢中になっていた。
「名前…、」
首筋に唇を這わせながら呟いた言葉は思いのほか熱っぽかった。
名前の肩が小さく跳ね、硬直する。
その様子が少しおかしくて、でも愛おしくて、大丈夫だと髪を優しく撫でてやる。
「まだ心の準備とやらはできてないか?」
その言葉に名前は少しの間、目を落ち着きなくあちこちへと向けたが、すぐに深く息を吸って「恥ずかしいだけです」と呟いた。
「ならその感情さえも溺れさせてやる。」
甘い快楽に溺れて、そのまま私に身を委ねればいい。
壊さないように、殺さないように、優しく甘く抱いてやるから。
(壊したくなるほど、愛おしい)
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