遠い君に想いを馳せて
「アーヤたん♪」
肘掛に肘を乗せ、足を組んで窓越しに見える雲と空を眺めていたところに、ヒュウガが相変わらずの笑みを浮かべて近づいてきた。
「眉間に皺、寄ってるよ。もしかしてあだ名たんが心配?」
「クロユリがついているから平気だろう。」
「またまた〜。本当は連れてきたかったくせに♪」
「メイドを戦場につれてきてどうする。公私混同もいいところだな。」
メイド然り、恋人然り、公私混同も甚だしい。
「でも、あだ名たんを一番守りたいと思ってるのはアヤたんでしょ??」
「愚問だな。」
あれは私のものだ。
守ってやるのが当たり前で、守ってやりたいと心から思う。
「アヤたんってば、かーわい☆」
……
ビシィィィッッッ!!!
「あれ?今ヒュウガ様の叫び声みたいなものが聞こえたような…。」
辺りを見回してみるがもちろんヒュウガ様はいない。
当たり前か、と通路の窓から空を見上げる。
ヒュウガ様がいるとしたら、あの人も帰っていらっしゃったのかと思ったのだけれど……。
そんなはずはないか。
まだ出かけられて1日しか経っていないというのに。
今日は少し風が強い。
きっと風が吹いた音だったのだろう。
私は、まさかヒュウガ様がアヤナミ様に鞭で打たれているなんて思いもせずに自室の扉を開けた。
「…ん…」
扉を開けた音で起きたのであろうクロユリ様が、ベッドの上で軽く身じろいだ後むくりと体を起こした。
「名前?」
「はい。おはようございますクロユリ様。」
「おはよ。」
目を擦りながら寝ぼけた視界で私を捉えるクロユリ様はとても愛らしい。
「どこ行ってたの?一人になったら危ないよ?」
「……。」
「…名前?」
「…少し外の空気を吸いたくなりまして。ご心配おかけしました。」
「名前に何かあったらボクがアヤナミ様に怒られるんだからね。」
「はい。」
「それに…」
クロユリ様は少し口ごもってベッドから降りるとキュッと私の手を握ってきた。
「名前に何かあったら僕もイヤだよ。」
……
「クロユリ様、朝食の準備が出来ております。」
今日はホットケーキにオレンジジュース、フルーツヨーグルトというアヤナミ様と二人の時はあまり出ないような子供向け朝食だ。
「お顔を洗ってきてください。」
「うん。」
「でもその前に。大変失礼ですが、少々ギュッとしてもよろしいでしょうか?」
「これってどういうことだろーね♪」
「さぁな。」
戦地に降り立ち、敵を一掃した私達を待ち構えていたのは数名のメルモットの暗殺集団だった。
そろそろメルモットを殺しに行くか、としていたところにこれだ。
些かタイミングが良すぎる。
まるで、今日メルモットを私達が殺すことを知っていたかのような…。
「ねーねーアヤたん、オレが殺っちゃっていい?」
ヒュウガは少し楽しそうに口の端を吊り上げていた。
「やけに楽しそうだな。」
「うん♪なんか物足りない気分だったんだよねぇ☆」
「お前は少し遊びすぎだ。」
「だってカツラギさんはほどほどだったけど、コナツが頑張るからオレの出番少なくってさー。今あの二人はもうリビドザイルの中だし、ここはオレの出番でしょ☆」
「好きにしろ。ただし、3人ほど生かしておけ。」
「りょーかいっ☆」
捕縛しても口を割らないことはわかっていたが、念のためだ。
それにしても行きがけには見かけたメルモットの姿が先程から見当たらない。
「やはり情報が漏れていたか。」
どうやら先に軍へと帰ったようだ。
しかしどうしてこの情報が漏れたというのだろうか。
私の自室に盗聴器などは見当たらなかった。
なら誰かがこの情報を漏らしたということになる。
それも、この情報を知っているのはブラックホークのメンバーと名前のみ。
つまりは…そういうことだ。
漏らした人間はこの中に居る。
私の目を掻い潜り、そういうことを出来るのは魂を半分預けていない人間のみ。
「あだ名たんが裏切ってたりして♪」
「くだらんな。」
しかし、名前が漏らしたことは明白だった。
一蹴し、小さくため息を吐いてどんよりと曇ってきたぶ厚い雲を見上げた。
(今、何をして、何を考えている?)
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