五臓六腑で恋をする



「おはようございますアヤナミ様。起床のお時間です。」


女の声は少し自分には高くうるさい。
それを目覚めに聞く声なら尚更だ。


「おはようございますアヤナミ様。起床のお時間です。」


この女はロボットか。
二度も同じ言葉を同じ声色でいうなんて。

これでは目覚まし時計に変わりないじゃないか。


「おはようございます、アヤナミさ、」

「うるさい。聞こえている。」

「でしたらお返事してくださいませんと。私、人を察するということが面倒で嫌いですので。」

「…。」


メイドには不向きだな。


シーツの上で身じろぎながら朝からため息を吐いた。



名前が仕えるようになって早3日。

たった3日、されど3日。
その一日の大半を共に過ごしていたら自ずと見えてくるものもあるのだ。

例えば仕事が丁寧でヒュウガと違って真面目だということ。
察することが嫌いと言っておきながら先を読んで動くことができ、命令には忠実だというと。
つまり、先程のは嫌がらせに他ならない。

そして裸で寝ていても頬を赤くすることもなく、淡々としていること。
掃除は少し下手だが、ご飯がおいしいということ。

何より、相変わらず笑わないということ。



「アヤナミ様、朝食の準備が整いました。」

「あぁ。」


着替え終わると、テーブルの上には二人分の食事が用意されている。

普通ならば主人とメイドが共に食事などありえないだろう。
しかし名前は「一人でお食事するのはとても寂しいものがあります。仕方がありませんから、付き合って差し上げます」と抜け抜けと言ってのけたのだ。

一緒に食べるのは構わない。
だが、その上から目線がとてつもなく癇に障る。


昼食も夕食も舌を満足させられ、乱れていた食生活が正された。
残す気さえも起こさせない食事に、今日の朝食はなんだと見下ろした。


「今日の朝食はプレーンオムレツにしてみました。」


そういいながらコーヒーを差し出し、名前も目の前の椅子に腰を下ろした。


コールスローのサラダにクロワッサン、それにソーセージにプレーンオムレツと至ってシンプルだが、今日の食事も美味しいのだろう。

事実、先日も少し不機嫌に食卓についたのだが少しの不機嫌さも飛んでいってしまうほど、この朝食も美味しかった。


「そうそう、クロワッサンはカツラギ様から昨日頂いたんですよ。」

「そうか。」

「パン作りにも凝っていらっしゃるとか。」

「基本は和食好きだがな。」

「そうなのですね。」


名前は「いただきます」としっかりと手を合わせて食事を始める。

私もコーヒーを一口飲むとフォークをオムレツへと伸ばした。


真ん中を割るとトロリと半熟の卵が流れ出てくる。
口に含むと、ケチャップで作られているソースと相性が合っていて満足だ。

ソースは少し甘め、オムレツは基本オリーブオイルを使っているようで、最後に少量のバターの風味とオリーブオイルの香りが鼻に抜けた。
くどい味付けを好まない自分好みの味付けだ。


ふと目線を感じて顔をあげると、名前がこちらに目線を向けていた。


「…何だ。」

「いえ。大したことではありませんのでお気になさらず。」


言う気がないとばかりに名前はミニトマトを口に含み咀嚼すると、真顔で口を開いた。


「アヤナミ様、何気に可愛らしいところがあるのですね。」


どこらへんが、と聞く気も失せる。
答えなど分かりきっているのだから。


「言うつもりはなかったんじゃないのか。」


可愛いと言われて喜ぶ男はいない。

お前のせいでせっかくのオムレツの美味しさも半減だ。
とても食べづらい。


「気が変わりまして。女心と秋の空ともいいますし。」

「お前は本当に急に変わりすぎだ。少しは気持ちを制御ぐらいしたらどうなんだ。」

「アヤナミ様も、その雰囲気を制御なさいませ。そんなに美味しいですか?」

「うるさい、黙って食べろ。」

「まるでご飯に恋してるみたいですね。何だか楽しそうに食べられて…。」

「馬鹿か。」


少なくとも、自分は喜怒哀楽が顔に出にくい人間だ。
怒のほうはヒュウガにならよく向けるが。

そんなわかりにくい微弱な感情の変化に気付いた名前に小さくため息を吐くと、反対に名前が小さく笑った気がした。


「…」

「何見ているんですか。視姦が犯罪になりにくいからといってあまり見ているとその目潰しますよ。」


「……」


あくまで、気がしただけだが。


(胃袋さえ掴めばこちらのものです)

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