生まれ変わるなら君
「あだ名たん、オレ、コーヒーね♪」
「ヒュウガ様はコーヒーなのですか?そうは見えませんでした。まぁ、人間には見えませんでしたけれど。」
「人間には見えないって逆に何に見えるの?!?!そうじゃなくって、オレもコーヒー欲しいなって!」
「ヒュウガ様、大変申し上げにくいのですが、生憎私はアヤナミ様のメイドでして。そんな面倒なことは基本的にしたくありません。」
「…言いにくいとか言っておきながら、バッサリ言うね…。」
「そういう性格ですので。」
「ふぅん…。そういう子の崩れるところ見るのって楽しいんだよねぇ♪」
「なかなかの悪趣味でございますね。」
「それほどでも☆」
「褒めているわけではないのですが…なるほど、頭の緩い方はそういうふうにポジティブに取られるのですね、私、学びました。ありがとうございます。」
「アヤたーん!あだ名たんがいじめるーっ!」
「案外打たれ弱いのですね。…確かに、人の崩れるところを見るのは楽しいものですね。」
「あだ名たんもなかなかの悪趣味だね。」
「そのようです。ですがヒュウガ様ほどではありませんよ。」
ヒュウガと言い合いながらも手際よく皆の分のコーヒーを淹れていく名前。
こういうところを見ると、日に日に皆にも慣れていっているようだ。
それは皆も一緒で、名前に慣れていっている様に見える。
参謀長官室から執務室を眺めていると、ふと名前と目が合った。
つと細められた目は『何見てるんですか。』と嫌そうだ。
なるほど、目は口ほどに物を言うとはこのことか。
また視姦などといわれては敵わないので、早々に目線を書類へと戻した。
静かな長官室には未だにヒュウガと名前の声が聞こえてくる。
これは断じて盗聴などではないのだが、名前が知ったら『盗聴は犯罪です。訴えますよ』とでも言いだしそうだと内心苦笑した。
「コナツ様もこんな上司だと大変でございますね。」
「…あ、はは…」
苦笑するしかないコナツは、内心即効で頷く。
この目の前の書類の量が量なので頷かないわけがない。
名前は淹れたコーヒーを皆の机にまで運びながら、クロユリに声をかけた。
「クロユリ様は私特製、胡瓜とレモンのすりおろし、アヒルのローストのペースト入りでよろしかったでしょうか。」
「うん!ボク名前が作るジュースの中でそれが一番好きだよ。」
「左様でございますか。舌を馬鹿にしてまで作った甲斐がありました。」
なるほど、朝から不快な匂いが台所からしていたと思ってはいたが…正体はあれか。
「…あだ名たん、それ体に悪そうだよ…」
「何を仰いますか。水分の多い野菜、とくに胡瓜は水分を含んでいるのでとても体に良いのですよ。人間水分は大切です。ビタミンCなどの含有量は非常に少ないですが、そこをレモンで補っているのです。まぁ、胡瓜に含まれている酵素はビタミンCを破壊してしまうので意味はありませんが。」
「……元も子もないね。」
「そうでございますね。」
「おいしーからいいの。」
「ありがとうございます。」
深く頭を下げてから残りの皆の下へコーヒーを運ぶ名前は、やっと私の元へコーヒーを持ってきた。
「失礼いたします。」
「遅い。」
「私、可愛いもの好きですので順番は可愛らしいものからとなっております。」
それで私が最後か。
「あ、申し訳ありません、アヤナミ様はある意味可愛くあられましたね。今晩のお食事にご希望などありますか?」
「ない。そしてしばらくその口を閉じていろ。」
「かしこまりました。」
本当に口を閉じた名前は机の上にコーヒーを置くと、颯爽と部屋を出て行った。
「ねーねーあだ名たん、生まれ変わったら何になりたい?」
「……。」
「……え、無視?」
名前は首を振って私のほうを指差した。
主人を指差すとは一体何なんだ、あの女は。
「しゃべるなと言われたのですか?」
察したカツラギに頷く名前。
「どれくらいです?」
「しばらくらしいです。」
「あ、あだ名たん、しゃべっていいの?」
「私の中ではしばらく経ちましたから。ところで、生まれ変わったらですか?」
「そうそう。」
「……そうですね……アヤナミ様、でしょうか。」
名前の思わぬ言葉に皆が首を傾げた。
「その心は?」
「アヤナミ様に生まれ変わったら健気なメイドをこき使えますし、先程のように理不尽な命令もできますから。」
……
ため息を吐いてシーンと静まった執務室に行くと、名前の視線とかち合った。
「それは遠まわしに優しくしろと?」
「まさか。メイドの分際でそんなこと言うはずがありませんわ。」
次の瞬間、名前はにっこりと微笑みを浮かべた。
初めて見る笑みだったが、それはそれは黒かった。
(その代わり、後世ではこき使って差し上げますね。)
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