毒と毒の盛り合い
最近、あれの毒舌が過ぎる。
口を開けば毒舌。
目線は冷たく態度はふてぶてしい。
たまに笑うようになったが、それは嫌味を言う時だけ。
にこりと微笑みながら言われる嫌味のいやらしいこと。
たまには真正面から反撃し返してもいいかと思う今日この頃。
その整った顔の歪むところが見てみたい。
そういってしまうと何だか御幣が生まれそうだが、これは仕方ないと思う。
本当に最近の名前は毒舌なのだから。
「名前、紅茶を淹れてくれ。」
「アヤナミ様、時計はちゃんと見えていらっしゃいますか?老眼は少しお早いかと思いますが、精神年齢が老けていらっしゃるので仕方ないのでしょうか。」
「……。」
時計を確認すると、3時50分。
どうやら名前は回りくどくも休憩時間中だと言いたいらしい。
本当にこのメイドは私の命令に忠実だが己にも忠実だ。
動きたくないと思ったらテコでも動かない。
「お茶なら3時に淹れてあげたじゃないですか。あと10分我慢してください。」
「カツラギのおやつ目当てに執務室に来て、お礼に淹れる『ついで』だろうが。」
なんだその上から目線は。
「あまり飲みすぎるとトイレ近くなりますよ。」
あまりの言い草にため息を吐く。
名前はこちらに目線も寄越さないまま、先程からソファに座って机にかじりついている。
一体何をしているんだと思い椅子に座ったまま目を凝らし、そしてその瞳を大きく開いた。
ありえない。
この女は一体何を考えているのだろうか。
「…名前、そういうものは」
「覗き見ですか?いい度胸ですね。」
「……私の目の前で書くのはどうかと思うがな。」
「残念ながら私はここで書きたい気分だったんです。それより、驚かないんですね。」
名前はペンを置いて背もたれにもたれた。
「私がメルモット様へ宛てるアヤナミ様の調査書と報告書を書いているのに驚かないなんて…もしかして色々と気付いてました?」
「…」
「なんて、聞くまでもないですよね。貴方は私が密偵だと知って受け入れているんですから。」
「何故そう思う。」
「女の勘でございます。」
「不可解な理由だな。」
「それでも、それが理由でございますから。」
名前は密書を丁寧に折り曲げると、胸ポケットにしまった。
「いいのか?それを私にバラしても。」
「アヤナミ様こそ、この密書を取り上げなくてもよろしいのですか?」
「質問しているのは私の方だと思っていたのだがな。」
「まぁ、私が与えられている情報は贋物でしょうし構わないですよね。せいぜい囮にでも使ってくださいませ。少なくとも、今はアヤナミ様の小間使いでもあるのですから。」
「どちらにも属さないと?」
「さぁ、どうでしょう。」
名前は口の端を小さく吊り上げた。
逆か。
名前はどちらにも属しているのだ。
この時ほど名前の考えが読めないと思ったことはなかった。
そんな私には構わず、名前は立ち上がると扉のドアノブに手をかけた。
「ご質問にお答えします。私はアヤナミ様の行動を把握し、報告するように命令されているだけですので、私がここに来た理由を言うなとも、アヤナミ様の目の前で密書を書くなとも言われておりません。つまりは私が誰にしゃべろうと、どこで書こうと私の勝手です。お馬鹿な主人を持つと大変ですわ。頭を使って命令さえしてくれたら、私も上手に使われてあげますのに。」
「主人の命令に忠実、そして臨機応変に対応するのが『できる使い』というものではないのか?」
「そうですね。私も言われたことには従います。でも残念ながら『できる使い』ではありませんから。存外、身勝手なんですよ。あら、4時過ぎましたね。コーヒーでしたかしら?」
「紅茶だ。」
「かしこまりました、紅茶ですね。」
名前が出て行った扉を頬杖をついて見る。
相変わらず読めないヤツだ。
しかし、一転すると頭を使って命令さえすれば、忠実に動くといういうことになる
ならばこれほど忠実な駒はないということだ。
駒…そう彼女は駒だ。
なのに駒に見えないのは何故だろうか。
「お待たせいたしました。」
紅茶を淹れてきた名前の声で考えを止めた。
いくら考えても答えなど出てこないからだ。
「早かったな。」
「はい、コーヒーよりも紅茶を淹れる方が得意なので。あ、」
名前は何もないところで躓くと、机の上に淹れ立ての紅茶を零した。
「申し訳ありません。やけどなどなさっておりませんか?」
「お前が謝罪するとは珍しいな。明日は大雨か。それよりミスをしたから台風かもしれないな。」
手拭で零れた紅茶を拭いている名前の手が止まった。
因みに書類は端に除けていたので被害はない。
「まぁ、アヤナミ様ともあろうお方が、身を粉にして頑張っているメイドの小さなミスに一々反応なさるのですか?」
心外だとばかりにわざとらしく口元に手を当てる名前。
その言葉と仕草に、自ずと眉間に皺が寄った。
「ミスはミスだろう?」
「どうせ怒られるのでしたらやけどなさったらよかったのに。これしきのことで目くじらを立てられるなんて余程お暇なのですね。なら自室で脱がれた上着ぐらいご自分でおかけ下さいませ。」
「それも名前の仕事のはずだが?自分の仕事も全うできないのか?」
「あらいやだ。私はそれほど暇ではございませんので。」
名前はニコリと笑った。
嫌味なほどに綺麗な笑みだ。
それが合図となったかのように、毒舌と毒舌の戦いに火蓋が切られた。
「…少佐、参謀長官室から何だか冷気が…。」
「うん、寒いねコナツ。でもあれでいて仲良しなんだよ、あの2人。」
「……そうでしょうか??」
(とどめは是非任せてくださいませね。)
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