照れ隠しの斜め前



コロコロと表情が変わる女とは全く逆の位置にいる女、名前。

基本、無表情。

かと思いきや、ふと笑う。

例えば嫌味を言う時。
あれの威力は結構半端無い。

笑顔で毒舌を吐かれたら誰だって怯む。
まぁ、さすがに最近は慣れてきたが。

後は参謀長官室に置いている植物の鉢に水をやるとき。
あれを置くことを許可した覚えはないが、いつの間にか置いてあって、気付けば名前が毎日水をやっている。

確かあの花は椿といったか。
ポトリと花ごと落ちる縁起の悪いそれを何故チョイスしたのかは全くの謎。
名前らしいとも思うが、少しばかりミスチョイスではないだろうか。

しかし名前が満足そうに、そして小さく微笑みながら毎日世話しているものだから何も言えないでいる。
その時の微笑みを見るのが楽しみな今日この頃だ。


滅多に表情が変わらない名前だからこそ、目が離せない。
その貴重な一瞬の表情さえも、見逃したくないのだ。



「あだ名たんってさ。モルモット、じゃなかった、メルモットのメイドだったの?」

「はい。邸のメイドですが。」

「メイドなのに潜入捜査しないとダメなの?」

「…ヒュウガ様、オブラートに包んで言ってくださいませんと流石の私も答えにくくございます。」


夜。
会議から戻ると、すでに自室に帰っていたと思っていたヒュウガと名前が会話をしていた。

ヒュウガはデスクに座って、名前は執務室の掃除をしながら。
カツラギも残っていたらしく、二人の話に耳を傾けている。


「じゃぁ、メイドなのにスパイ活動もしないといけないの??」

「全然オブラートに包んでいませんが。どこをどうオブラートに包んだのかぜひ教えていただきたいくらいです。」

「もっと砕けた感じで、『ヒュウガってばオブラートに包んでないじゃないっ。』って笑ってつっこんでみようよ。はい、テイク2♪」

「結構です。」

「…あだ名たん、女の子は笑顔だよ、笑顔。」

「何故面白くないことに笑わないといけないのですか?」

「……うん、そうだよね。あだ名たんってそんな感じだよね。あ、アヤたんお帰り☆」

「お疲れ様です。」

「遅かったですね。」


ヒュウガ、カツラギに続いて名前と目線が合うが、メイドのクセに労いの言葉はない。

教育し直した方がいいのかもしれない、メイドとして。
だが、毎回言いくるめられるのでどうせなかったことになるんだろう。

それならば何を言おうと無駄だ。
だから何も言わない。
その代わりため息だけ吐いておく。


「書類を置いてくる。それが終わったら帰るぞ。」

「かしこまりました。」


参謀長官室へ書類を置きに行きながら、なおも続く二人の会話。


「メルモットってどんな人?」

「そうですね…厚顔無恥が服を着て歩いているようなお方です。」


なるほど、確かに。と内心頷きながらも足は動く。
参謀長官室に入り、机の上に書類を置くとまた執務室に戻った。

そうすると名前は箒を直して後ろからついてくる。
3歩後ろをついてくる様は奥ゆかしそうでいて、まるで子供のようで可愛い。

二人の歩幅が違うから名前は必死に後をついてくるのだ。
見ていて面白いが、あまりにもかわいそうなので少しスピードを緩めてやる。


そうこうしている内に自室へと戻ってきた。

上着を名前に渡し、ソファに腰を下ろして身を埋めると一日の疲れが一気に押し寄せてくる。


「アヤナミ様、そこで寝ないでくださいませね。お風呂の支度が済んでおりますから先にお入りください。お食事の準備も出来ておりますが、お食事を先がよろしいですか?」


よく出来た女だ。

小さくほくそ笑みながらも肘掛に肘を置いてもたれる。
次いで瞳を閉じた。
疲れた。


「アヤナミ様、寝ないで下さい。…アヤナミ様、アヤナミ様。」


私の名前を呼ぶ声に少しの怒気が交じり始める。


「アヤナミ様、いい加減にしないとお食事抜きでございますよ。」


本当に眠り始めていると思っているのか、名前は肩をつかんで揺さぶると脅しのような…、それでいて全く脅しにならないような罰を口にした。


閉じていた瞳を開きながら喉の奥で笑ってやると、名前は目を細めて少しばかり口を尖らせて怒っていた。


「名前でも怒るのだな。」

「私を何だと思っていらっしゃるのです?人間なのですから怒るのも当たり前です。私、主人の怠惰のせいで仕事が捗らないのが一番嫌いですので。」

「そうか。なら風呂に先に入ることにしよう。」


ソファから立ち上がり、浴室の方へ爪先を向ける。


「お風呂場で寝ないでくださいませね。それこそ本当に夕食抜きです。」

「十分気をつけることにする。」


また喉の奥で笑うと、今度は思い切り睨まれた。


何で笑うんですか、と言いたげな目だ。


「何故睨む?」

「アヤナミ様が意味の分からないところで笑われるからです。不快です。」

「そうか。残念ながら私は不快ではない。私もお前と同じで面白くないものには笑わぬ。そういうことだ。」


そう言うと、名前は怪訝そうに眉を顰めた。


「そういう顔も出来るのだな。いつもは無表情すぎる。」

「アヤナミ様に言われたくありません。」

「名前はもう少し笑うといい。椿に水を遣っている時のように笑っていた方が可愛らしいと…………」


思う。と続くはずの言葉が何故か言えなかった。

目の前の名前が恥ずかしそうに俯いて顔を赤くしていたからだ。


唖然、呆然。
その他に何といったらいいのだろうか。


可愛らしいと言ったのがいけなかったのだろうか。
はたまた椿に水を遣っている時の笑みを見られて恥ずかしかったのだろうか。

今まで見たことないほどに名前は顔を真っ赤にさせていた。

必死にどれが正解かと、疲れてへとへとの脳みそをフル高速回転させていると、名前がいきなり両手で突き飛ばしてきた。

動揺しすぎていたせいでそれを避けることも出来ず、倒れゆく体勢を立て直すために一歩後ろに足を引いた。


「申し訳ありません、せっかく今朝磨いた靴が汚れるところでしたので。10時の方向にゴキブリです。」


下を見ると黒光りのそれが足元にいた。


「明日バル○ン焚かないとですね。とっととお風呂に入ってきてくださいませ。始末しておきます。」


全く目を合わせない名前を見下ろしていると、浴室の方を指差された。

早く行けといいたいらしい。

ゴキブリに声をあげることもない上に、始末しておくだなんて可愛げもない名前の顔はなおも赤いままだ。
しかも目が泳いでいる。


「…」

「……」


微妙な雰囲気に耐え切れなくなったのか、一歩後ずさると踵を返してキッチンへと逃げていった名前を、


(無性に抱きしめたいと思った。)

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