願いを椿にのせて
アヤナミ様は会議。
ヒュウガ様とコナツ様、それにクロユリ様とハルセ様は遠征。
執務室にはお留守番のカツラギ様と私だけという珍しい組み合わせになった。
「カツラギ様、コーヒーのおかわりなどいかがですか?」
淹れ立てのコーヒーを持っていくと、「いただきます」と微笑まれたので空のカップにコーヒーを注いだ。
「名前さんは働きものですね。」
「そうでしょうか?アヤナミ様やカツラギ様ほどではないと思っているのですが。」
「私は、程よく手を抜けるところは抜いていますから。名前さんは少し手の抜き方というものを覚えた方がいいですよ。でないと疲れてしまいますから。」
「手の抜き方…でございますか?」
「えぇ。アヤナミ様のいらっしゃらない今ぐらい、10分早く休憩を取ってもバレないものですよ。」
ニコリと微笑まれるが、サボってしまうと今は遠征に行っているどこぞの少佐と同じレベルになっていまいそうで嫌だ。
「…でも、」
「私は今から休憩するんです。少しの間お話しに付き合ってもらえませんか?」
黒さのない笑みを浮かべられた上に、そう言ってくださっている今、断る気さえ起こさせない。
私の物言いとは全く異なる言い方が出来る人。
少しばかり、この人に憧れがあった。
優しくて、強くて、人をホッとさせる笑みを浮かべる人。
私が一番なりたい人間性を持っている人。
「…はい。」
私は無意識のうちに頷いていた。
せっかくだからとソファに座り、机を挟んで対面する。
ついでにカツラギさんがカステラを作ったとかでおやつの時間になった。
緑茶を啜りながら、甘くてふわふわなカステラを見下ろす。
それに手を伸ばしていると、カツラギ様は「今日は名前さん用に甘さ控えめに作っていますよ。」と言われてしまった。
ピタリと動きが止まる。
どうやらバレていたようだ。
カステラを一口食べると、確かに甘さ控えめで食べやすかった。
「まさか気付いていらっしゃったとは。」
感服です。とばかりに苦笑する。
「いつも無理して食べられることはないんですよ?」
そうなのだ。
実は私、甘いものが大の苦手である。
「……でも、カツラギ様のは本当においしくて…、」
「ありがとうございます。でもわかっていますよ。名前さんはアヤナミ参謀と少しでも一緒に居られる様に、休憩中もおやつ目当てと称してここにいつもいらっしゃるんですよね。本当にアヤナミ様のことがお好きなんですね。」
ガシャンと持っていた湯呑みが机の上に落ちた。
「も、申し訳ありません!」
割れはしなかったものの、机の上は熱い緑茶が広がる。
「大丈夫ですよ。」
カツラギ様はそれを手拭で綺麗に拭いてくれた。
そして新しく代えられた湯[D:21534]みにまた緑茶が注がれると、「どうぞ」と差し出され、それを受け取りながら、動揺してうるさい心臓を落ち着かせるために一口啜った。
「…いつ頃気付かれたのですか?」
「そうですね…まず一つ目に何の訓練も受けていない名前さんがメイドとしてやってきたことから引っ掛かっていたんです。」
「と、いうと?」
「参謀やブラックホークの情報を盗むために来たにしては少々やり方が荒く。あれでは誰がスパイか丸分かりですからね。でもそれだけでは何故名前さんが来たのかわからなかった。ですが、それからが二つ目です。」
まっすぐに目を合わせてくるカツラギ様はふと、参謀長官室にある椿を指差した。
「椿とは良い趣味をしています。」
私は少しだけ頬を赤くして苦笑い。
ちょうど一昨日、アヤナミ様にも椿の話をされ、顔を赤くしたのを思い出したのだ。
椿に水を遣っている時のように笑った方が可愛いとか何とか。
笑っているところを見られたのが恥ずかしいとか、そういう話じゃない。
アヤナミ様はそう思っているみたいだけれど。
だってあの後、お風呂からあがってきたアヤナミ様に『笑っているところを見られて恥ずかしかったのか?』と至極真面目に問われてしまったのだから。
ついつい、笑ってしまった。
可愛いと言われたのは確かに嬉しくもあり恥ずかしくもあったけれど、本当にそういうことじゃない。
私が顔を赤くした理由はもっと別にある。
「確か椿は、花ごと落ちることから不気味なイメージを持たれがちですが、実は厄除けの花なのですよね。」
カツラギ様は参謀長官室にある椿を目で愛でた。
その目線を追うように私も椿を眺め見る。
「…はい。椿はそこにあるだけで結界樹としての効果が一番あるんです。それに寒い冬にも緑の葉を茂らせることができるため、不屈の生命力を示しているんです。」
戦場に立つことが多い人だけれど、死なずに帰ってきますようにと願いを込めて。
あの日。
アヤナミ様に椿の話をされた日、このことがバレたのかと思った。
私のひっそりとした願いが、アヤナミ様に知られたのかと思い恥ずかしくなったのだ。
「そうらしいですね。名前さんが椿を持ってきた日に調べました。」
「…抜け目ありませんね。」
「名前さんがアヤナミ様元へきた理由は一つ。アヤナミ様を慕っているからですね?…話してくださいますか?」
私はそっと瞳を閉じた。
「私がメルモット様に密偵の話を持ちかけたんです。私がアヤナミ様の側に居たいが為に。愚かだと笑ってくださって構いません。それでも、側に居てみたいと思ったのです。もう一度、お会いしたいと思ったのです。」
「もう一度?名前さんは前にアヤナミ様にお会いしているのですか?」
「はい。半年前に行われたメルモット様のお邸でのご子息の結婚記念パーティで私はメイドをしていました。でもその日はとても気分が優れなくて…。それでもこんな忙しい日に倒れてなんていられないと必死に頑張っているところをアヤナミ様だけが気付いてくださって。ただ一言、『休め』と言われただけなのですけれどね。でも、嬉しかったんです。一、メイドでしかない私を気がけてくださって。」
つまらない理由でしょう?と苦笑しながら首を傾げると、カツラギさんは首を振ってくれた。
「でもどうか。…カツラギ様、どうかアヤナミ様には…。」
「えぇ。わかっています。椿のことも言いません。想いも本人の口から伝えるべきですから。」
その言葉に私は俯き、首を振った。
「いえ…」
ダメ。
ダメ。
「…私は、……私は…この想いを口にするつもりはないんです。」
長い静寂にも感じた。
今にも首を傾げそうなカツラギ様の口が開きかけたその瞬間、執務室の扉が開いた。
「名前、コーヒー。」
帰ってきて早々命令するアヤナミ様に少しホッとする。
『なぜ』と問われたくなかったから。
『なぜ』という質問に対して、私は認めなくてはいけなくなるから。
アヤナミ様とずっと一緒に居ることが出来ないという事実を。
「…かしこまりました。」
カツラギ様に小さく会釈すると参謀長官室にアヤナミ様と一緒に入った。
「休憩中に文句の一つもなしに淹れてくれるとは珍しいな。」
アヤナミ様が椅子に座りながらそう言って思い出した。
「そうでしたね、私今は休憩中でした。コーヒーはご自分でお淹れくださいませ。」
「ここまで来ておいてそれを言うか。」
「手先を動かさないと耄碌していしまいますよ。その手助けをしてさしあげようとしているのですから、感謝こそされど非難される覚えはありません。」
素直になれない。
毒舌が息を吐くように勝手に出てくる。
「会議で疲れて帰ってきた主人を労おうとは思わないのか。」
「労わずともやらなければならないことはやってしまわれるでしょう?」
「…もうよい。」
呆れたような物言いをされ、私は自嘲染みた微笑を浮かべた。
なんて子供だ。
アヤナミ様がではない。
私がだ。
「冗談でございます。お給料を戴くためにはアヤナミ様にもしっかりと働いていただかなければいきませんから。労わせていただきます。」
「一言も二言も余計だ。最初の一言だけでいい。」
「はい。」
『コーヒーを持って来い』『はい』だけでは寂しいではありませんか。
もっと話したいのです。
もっと側にいたいのです。
「それと…、いつも思っていたのですが…。アヤナミ様、軍帽を被ったままですといつか御髪が後退していきますよ?」
「黙って淹れに行け。」
「かしこまりました。」
貴方の視界に入る喜び、
会話をできる幸せ
(私はそれだけで満足でございます)
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