マリオネットは手のひらで踊る
「シェリル、ここが分からないんだが……」
「あぁ、そこは……」
そんな会話を交わす二人。
シェリルはテーブルいっぱいに広げた羊皮紙と教科書、参考書のある部分を指差し講義する。
「まず、変身術の基礎理論では、対象となる物への理解が大前提としてあります。おおよその区分で言えば無機物を有機物へ、有機物を無機物へ変化させるということを理解しなくてはなりません」
変身術を得意とするシェリルに、教えを乞うドラコ。
周りは純血名家の後継であるドラコと、見目麗しいシェリル。
二人とお近づきになりたい人間たちがそわそわと様子を伺っているのは、下手に邪魔をして不興を買うのも憚れる為だった。
そんな周囲の様子に気づくこともなく、二人はテストに向けて勉強を続けていく。
「ーーーということになる訳です。ここまでは大丈夫ですか?」
「あぁ。つまり、魔力は術者のイメージを、杖を媒介にして物質へ働きかけるということだな」
「はい、正解です。ドラコは理解力がありますね」
「当たり前だ。僕はマルフォイ家の嫡男なんだから」
「では、次は応用理論に行きますよ」
「頼む」
授業では難しい変身術基礎理論や応用もシェリルが噛み砕いて説明すれば、簡単に最適解を出せるあたりドラコの頭はいい。ルシウスの息子なだけあるのだ。
そしてしばらくすると、鐘の音がする。
放課後の自由時間の終了を告げる鐘だった。
これから夕食の時間になるからか、図書室はシェリルとドラコ、それにほんの数人の生徒を除き、静寂に包まれた。
「もうご飯の時間ですね。終わりにしましょうか」
「そうだな、僕もお腹空いたし」
「頭使いましたからね。今日のご飯は何でしょうか?出来ればそろそろ味の濃くないご飯が良いんですが……」
「苦手か?あれくらいなら僕は好きなほうだが……。もし食べれないなら直接屋敷しもべに言って作ってもらえよ?」
「はい、ありがとうございます。ドラコは優しいですね」
シェリルはにこりと笑顔を向けると、ドラコはその白い頬を赤く染めると慌てて否定した。
「優しくなんて、」
「ドラコは優しいですよ。今もこうして私を気遣ってくれてますし」
「っ!先に行ってる!!」
照れ隠しなのか、シェリルを置いてずんずん先に行ってしまうドラコの後ろ姿を見送ってぽつりと呟く。
「優しくなければ……臆病者、かしら?」
父親とそっくりな様子のドラコを見ながら小さく笑ってシェリルはくるりと振り返る。
「盗み聞きなんてマナーが悪いですよ?Mr.ノット」
その人物はバツの悪い表情でシェリルの前に恐る恐るといった様子で歩み出た。
「……申し訳ありません、ジル様……」
「ふふ、同級生なのに、そんな畏まった言葉遣いしなくても大丈夫よ?」
「いえ……、私を呼ぶのに敬称は不要です。ジル様こそ……」
ジルと呼ばれ、否定しなかった目の前の同級生にセオドールは重ねてジルと呼ぶ。
「セオドール、どうしてそのことを?」
少しだけ温度が下がった廊下の一角。
名を呼ばれ、内心歓喜に満ちたセオドールだったが、シェリルの鋭い視線に冷や汗をかきながらなんとかその問いに答えた。
「……父に、写真を見せて貰ったんです」
幼い頃、父に強請って見せてもらった古びた写真。
それはまだ彼女がホグワーツに入学して五年目、15歳頃のジルが写っているものだった。
幼心になんて可愛んだろうと目を奪われ、それからは父がいない時にこっそりと眺めていた。
「初めて写真を見た時、心奪われました。そして、キングズ・クロスで写真の貴女と同じ姿を見かけて、あの時は、幻かと思っていた。けれど組み分けの時、貴女がいた。名前は違ったけれど、幻ではないと理解出来たのです」
そう言い出したセオドールは表情は平常と変わらずと言えるものだったが、その瞳は明らかに興奮の色を浮かべていた。
「…………」
「あれから一ヶ月近く経って、貴女はマルフォイと一緒にいて……、名前は違うけれど、貴女は間違いなくジル様、でしょう?」
端的に言えば、セオドールの瞳は、子供らしくない欲に濁った瞳をしていた。
ならばシェリル、否、ジルの言葉は決まっている。
「セオドール、私のモノになってくれますね?」
「ーーー貴女の心のままに」
シェリルの前に跪き、ローブの裾に口付けたセオドール。
この世で恐れられた闇の帝王より質が悪いと噂された魔女は、人知れずそっと笑みを深めた。