しもべとして



その日、クィリナス・クィレルは己の見たもの、自身の目が信じられなかった。

新入生の組み分けの儀式の最中、ハリー・ポッターを見つけて自身の頭部にいる闇の帝王が反応しているのを感じていると、その中に己の主そっくりの新入生がいたのだ。

名前はシェリル・ウィンターソン。
主とは全く違う名前だが、その姿を見誤ることなどある訳もなく、クィレルは喜びと恐れを同時に抱いた。

ジル様が来てくれた、という喜び。
そして、頼まれていたお使いもまともに出来なかった故にジル様に叱責されることを恐れたからだ。

あの方は自分に死ぬなと言ってくれた。
自分の主はあの方しかいないと、あの方の為なら何でもすると固く誓った。なのに自分は些細なお使いさえ、こなすことは出来なかった。

カタカタと震え始める自身の手。
頭部では闇の帝王が憎悪と憤怒に燃えてはいるが、今はかなり弱っているせいですぐに存在感は薄れてしまった。

どうすれば、どうしたらいい?
あの方は隣にいるセブルス・スネイプをじっと見つめてから、すっと視線をずらした。その先にはホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアがいた。

そして、あの方は見る者が見ればゾッとするような笑顔を浮かべて嗤ったのだ。


それからしばらくして、クィレルは何の接触もしてこない主に疑問を感じつつも、教師として授業や生徒への指導をしながらこのホグワーツの何処かにある賢者の石を探し求めていた。

早く、早く見つけなければ。
闇の帝王への恐怖が薄れた訳では無い、けれどそれ以上にジルに、己の主の期待に応えたかった。

あの方の唇から紡がれる己の名を、あの方に触れてもらえるという栄誉を、この身に受けたいがために。


『私を、失望させないでね?』


なのに、今の自分の、この体たらく!
満足にお使いもこなせず、主の期待に応えられない。

あの日、口付けられた自身の額をそっと触り、あの方の言葉を思い返す。


『貴方だけよ、私をそこまで慕ってくれているのは。でも、だからこそ命を捨てないで。私を想うのなら、生きてそばにいなさい』


恍惚に顔が歪む。

あのお方の姿を思い浮かべるだけで幸福になれる。
けれど途端に疼き出す我が君。
嗚呼、あの方に与えられたものだが至福の時を邪魔する帝王を疎ましく思うこともある。


「ジル様……!」


貴女の元へ行きたい。
だがここはホグワーツ。ダンブルドアの目がある限り、自分は声高くジル様の名を呼ぶことは出来ないし、監視の目がある以上表立って接触も出来ない。

あぁ、あの方に頼まれた物がここにあり、ホグワーツの教師としてここに居れることはいいが、唯一、ジル様の声が聞けない、ジル様に触れていただけないことが酷く辛く、苦しい。


石の在り処を教えてもらい、そのための力(ヴォルデモート)も与えてくれたのに。

あの方の力になれないことが、どうにももどかしく、悔しさが込み上げてくる。

苛立ちに任せて机の上の物を床へと払い落とす。
インク瓶や羽ペン、羊皮紙だけでなく机に置いていた実験材料や教科書が音を立てて散らばった。

ため息をひとつ落として、杖を振れば落ちた物は元通り机の上に、床に零れたインクや羊皮紙に染みたものは魔法をかければインクのみが消えた。

少しもスッキリとしない気分に、またも苛立ちが募るが今の音で誰か近くを通りかかった生徒が来てもおかしくはない。


ーーーコンコン。


「……は、はい。ど、ど、どちら様ですか?」


やはり、とクィレルはいつもの自分を演じながら返事をした。


「スリザリンのウィンターソンです。少し、質問があって……」


ウィンターソン!なんと、ついにジル様が来てくれた!


「は、は、入りなさい。……Ms.ウィンターソンに、わ、わからないことが、あ、あ、あったんですね」

「クィレル教授、買い被りすぎですよ。まだ一年目ですもの、疑問だらけですわ」

「そ、それも、そうだね……」


どもりながらい言えば、シェリルはそう返しつつ、闇の魔術に対する防衛術の教科書を広げてわからない部分の質問をしてきた。

……てっきり1年生の物かと思っていたら5年生で使う教科書だったのは驚きだが。

それはともかくとしても、ジル様にこんな物必要ないはずなのに、私との時間を取ろうとして下さっている。

なんとお優しい方なのだ!


「ようやく、疑問だったところが理解できました。ありがとうございます、クィレル教授」


あの日、最後に見たジル様の面影が残る微笑みを向けられ、思わず跪きそうになる自分を堪える。


「いけない、次は変身術の授業なんでした。クィレル教授、それでは失礼致します」


辛うじて頷き返し、研究室から出て行こうとするシェリルを目で追っていると。


「クィリナス、お使いはまだ続行してくれるよね?」

「!勿論です。……貴女のお心のままに」

「今度、ティータイムにお邪魔しますね。クィレル教授」


私はまだあの方に見捨てられてはいなかった!

シェリルは軽く頭を下げるとそのまま扉を閉めていった。

歓喜に震える己を両腕で抱き竦める。


ジル様、ジル様、ジル様……!
必ず貴女のご期待に答えますのでもう暫く、お待ちください!