まさに規格外



地下室にある自室では、ブツブツと文句を言いながら乱暴な手つきで自分の足の傷を手当するスネイプがいた。

魔法生物である三頭犬の傷は通常の切り傷などに比べて著しく治りが遅い。それは魔法薬専攻で腕に自信がある自分が調合した薬を使っても、だ。


「随分ひどくやられたようですね、スネイプ教授」


後ろから聞こえた声に、驚いて振り返るとそこには自寮の生徒シェリル・ウィンターソンがいた。


「っ?!何故ここに……」

「有事の際に生徒の元へすぐに駆けつけられるよう、この部屋と繋がる隠し通路があるんですよ」


クスクスと鈴を転がすような声で笑うシェリルを睨みつけながら悪態をつく。


「フラッフィーも容赦ないことしますね」

「知っているのか」

「えぇ、全て」


短く、簡潔に言った少女にスネイプはまた眉間の皺を深くして苦々しい表情で舌打ちをする。


「もう傷を治してもいいですね?」

「全く忌々しいヤツだ、三つもある頭に同時に注意するなんて出来るか?しかも魔法薬では治りにくいときてる!元来魔力を纏っての攻撃は、」

「ーーーヴァルネラ・サネントゥール……ヴァルネラ・サネントゥール……」


常識だろう、と語り始めたスネイプに構わずシェリルは癒しの呪文を唱えた。
歌うように紡がれるそれは、かつて学生だった時に自らが編み出した攻撃魔法と対になるように作ったものだった。
それは対象となるものにかけることで時間を巻き戻すという複雑な術式を組んだものでシェリルが唱えると、みるみるうちにフラッフィーにつけられた傷が巻き戻っていった。(勿論切り裂かれたズボンの生地も同じように)



「!、ポッター!」


不意に扉の影から見えた人影に、スネイプは叫ぶように声を荒らげた。


「あ、あの……本を返してもらえたらと思って……」

「出て行け、失せろ!」


どうやら放課後に敷地外へと持ち出し禁止の校則を破ったと没収された本を返して欲しかったらしいのだが如何せん、かなり間が悪かった。

唸るように低い怒声で返されたハリーは蜘蛛の子を散らす勢いで部屋から出て行き、ドアがしまったのを確認するとスネイプはがっくりと全身の力を抜き椅子に身を任せた。


「話を聞かれたかしら?」

「……別に困ることでもあるまい。声は聞こえていたとしてもそれがお前だと思わんだろう」

「あの子、今のことお友達に話すわよ?」

「構わん。話したところで真実に辿り着けはせん」

「確かに。騒ぎに乗じてフラッフィーのいる部屋に入り込み、守られている物を狙っているのは貴方、って勘違いしそうね」

「疑いがこちらに向けられているなら監視はしやすい。それにしてもアレのことを誰から聞いた?」

「秘密に決まってるでしょ?」


不満げに顔を歪めたスネイプは、今度は小さく舌打ちするとシェリルに寮へ戻るよう促す。
(促すと言いうより実際はもっと乱暴な言葉ではあったが)


「それもそうね、ここにいては貴方も休めないでしょうから。それではスネイプ教授、お大事に」


ふん、と鼻で笑ったスネイプに、シェリルは花のような笑顔を向けて部屋を出ていく。
静かになった自室で、スネイプは痛みも傷跡もなくなった自分の足を見下ろし小さくため息をついた。







寮に戻ると談話室でセオドールがシェリルの帰りを待っていた。
正確にはシェリルの姿が見えなかったため、女子寮へ行く時に必ず通る談話室で待ち伏せていた、とも言えるが。


「シェリル!」

「待っていたんですか、セオドール」

「だめ、だったかな」


目に見えてしょんぼりと肩を落とす少年に、仕方ないとばかりにシェリルは指通りのいい髪を撫でて安心させるように笑った。


「シェリル?」

「さぁ、消灯時間が過ぎてるから寝ましょう?」

「うん……」


シェリルがどこかへ行っていた時間、一緒にいれなかったことが不満なのか不貞腐れた声色で返事が返ってくる。


「明日は一緒にゆっくりしましょうか」

「課題もないしね」


好いた相手からのお誘いの言葉でようやく機嫌が上向きになったらしく目を僅かに輝かせたセオドール。

そう約束してから二人はそれぞれ寮に戻り、眠りについたのだった。