臆病者の取り繕い



9と3/4線から出て、改札を通り、外へと出たシェリルは荷物のトランクを持って人気の少ない路地へと進みそのまま姿くらましをした。

ウィンターソン家の玄関に姿現しをする。
すでに玄関前には屋敷しもべ妖精のレインが待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま。お嬢様なんて歳でもないのだけれど」

「お嬢様はいつまでもお嬢様でございます!」


甲高い声で答えるレイン。
このウィンターソン家をジルは隠れ蓑として利用させてもらっていた。所謂利害の一致というやつだ。


「レオンとエレーナは?」

「旦那様は研究室にこもっております。奥様はキッチンでジル様がお帰りなられたらお食べになるだろうとアフターヌーンティー用のスウィーツのご用意をされている途中です」


レインは「準備は私めがしなくてはいけないのですが……」と申し訳なさそうに言っている。
仕えることを生きがいにする屋敷しもべ妖精からしてみればその仕事を奪われたにも等しいのでもっと取り乱してもおかしくはないのだが、変わり者として知られるウィンターソン家に仕える屋敷しもべもまた、変わり者ということでこの程度におさまっている。
ジルからすれば有難いことには変わりないので何も言わないが。


「そう。レイン、これ私の部屋に。その後は持ち場に戻っていいわ」

「かしこまりました!」


レインは重いトランクを部屋に送る。

シェリルは自分にかけていた魔法を解き、ジルへと戻る。着ていた服もそれらしいものに変えてエレーナがいるキッチンへと向かった。


「エレーナ」

「ジル様!お帰りなさい、帰ってくるまでには終わらせようと思ったのだけれど……」


エレーナの手元にはアフターヌーンティー用に準備をしていたのであろうケーキがあった。どうやら飾り付けの最中だったらしい。


「気にしないで。中庭で待ってるわ」

「えぇ。すぐに持って行きますから」


ジルはセレーナが手間暇かけて育てている花園がある中庭へと向かう。
そこではレインがテーブルにイスなど諸々の準備を終わらせて、横で頭を下げて待っていた。


「お待ちしておりました。余計かと思ったのですが準備させていただきました」

「ご苦労様。ねぇ、レイン、私の部屋にあるドレスを見繕っておいてもらえる?今度マルフォイ家のパーティーに出なきゃいけなくなってしまったから。色は黒がいいわ。装飾品も一緒に選んでおいてくれる?」

「かしこまりました!本日中に一式用意させていただきます!」


レインは喜色を滲ませて返事をすると頭を深々と下げてから姿を消した。

しばらくしてエレーナが別の屋敷しもべ妖精にスウィーツを持たせてやって来た。


「お待たせしました!会心の出来ですわ、すぐに主人も来ますからもう少しお待ちくださいな」

「えぇ、エレーナのお菓子は美味しいから独り占めするのも申し訳ないしね」

「そんな……、いつもやっていることですから上手くならない方が困りますわ」


照れながら答えるエレーナ。
そこにエレーナの夫、レオンが慌てた様子で走ってくる。


「ごめんごめん、待たせたね」

「レオン、もう……ジル様と久々のティータイムだっていうのにお仕事ばっかり」

「エレーナ、すまない。ジル様も申し訳ない。手紙にあった件、良い報告が出来そうでしたので」

「それは重畳。ありがとう、レオン。あとでじっくり聞かせてもらうわ」

「お仕事の話は置いておいて!さ、自信作だから食べてちょうだい!」


エレーナが切り分けたチーズケーキをそれぞれに渡し、ジルはその間に手早く紅茶を淹れた。


「やはりジル様の紅茶は最高ですね」

「お世辞をどうも。それよりもエレーナのケーキの方が美味しいわ」


和やかに繰り広げられるティータイム。
各々が紅茶やケーキの感想を言い合い、それが終わると今度はジル、いやシェリルのホグワーツでの話へと移っていく。


「ホグワーツは如何でしたか?」

「変わらないわ、あの頃から何一つ。強いて言うなら平和ボケしてるかな」

「ジル様や我々の時代に比べたらそれも仕方ないでしょう。例のあの人が死んだと言われてから11年経っていますから」

「でもジル様がうちにいらした時はびっくりしましたわ」

「ごめんなさいね、丁度いい家ってここしか思い当たらなくて」


子供がおらず、純血の名家、というのは少ない。
純血貴族の結婚は後継を残すことが最優先されるため、政略結婚のように夫婦になると子を産むことが義務のようになる。
ウィンターソン家が違うのはやはり実力至上主義というのもあるが、二人が恋愛結婚というところだろう。


「ジル様、梟が来たみたいですよ」

「あら、本当ね。……」


ジルの元へ一羽のワシミミズクが降り立つ。足には上質な羊皮紙が括り付けられていた。

中身を読んだジルは小さく笑みを零す。それを意外に思ったのかエレーナとレオンは互いに顔を見合わせると、レオンがジルに尋ねた。


「どうしたんです?」

「ルシウスから、招待状よ。ジル宛てにね」


恐らくだが、ドラコやシシーが会いたいと漏らし、本人的には遠慮したかったが手紙を送ることにしたのだろう。
いつまで経っても臆病なのは変わらずか……と思いつつも、前回顔を合わせてから半年も経ってないのだ。あの男が、貴族として生きてきた男がいきなり変われるわけがない。

ジルは笑みを浮かべて手紙にもう一度目を通した。


「ジル様、ご来訪心よりお待ち申し上げます……ね」


ーーー楽しみだわ、ねぇルシウス?

弧を描いた赤い唇。
けれどその瞳に宿る色はどこまでも冷たく、恐ろしかった。