その魔女、闇の帝王の姉


その日、セブルス・スネイプは自宅のスピナーズエンドの自室に引きこもり、早朝から昼食もとらずに大鍋の前でぶつぶつ言いながら中身をかき回したり、中身の反応を見ながらメモをとったりと忙しなく動き回っていた。
空腹も忘れてひたすら大鍋に向かうスネイプがふと視線を感じ、集中を途切れさせると。


「ッ?!」

「あら、ようやく気付いたのね」

「……一体いつからここに?」

「んー、確かセブルスがリコリスの根とニガヨモギを3gほど鍋に入れたら、中身の色がカナリアイエローになって慌ててカモミールの葉を5枚入れた辺りからかしら」

「それは……ほとんど最初からですな。声をかけていただいても構わないんですがね」

「あら、ごめんなさい。貴方を観察しているのが面白くて」


盛大に顔を歪めたスネイプにジルはころころと鈴を転がすような笑い声をあげた。
すっかりやる気が削がれたスネイプは大鍋を片付けて、紅茶をマグル方式で淹れると、ジルは一口含んでふぅ、と一つ息を零すとにこりと笑って昔と変わらない味を褒めた。


「うん、昔と変わらず美味しい」

「我輩は給仕係ではないのですがね」

「セブルスの淹れる紅茶は最高なんだもの、仕方ないでしょう?」

「…………」


相も変わらず、不機嫌そうな雰囲気。昔、まだヴォルデモートが闇の帝王として君臨していた頃、スネイプが淹れるお茶が好きでジルは嫌がる彼に頼みこんでお茶を用意してもらっていた。

セブルス・スネイプは、ジルの噂にも物怖じせず普通に接する数少ない人物であった。
だからか、ジルは事あるごとにスネイプに構い、共に時を過ごした。
ヴォルデモートが予言を知る3か月前にはジルは行方をくらましていたのだが。


「それで、何故此処まで?」

「ちょっと気になることがあってね」

「……」


訝しげに眉をひそめるスネイプ。ジルは何も言わずにただ微笑を張り付けるだけ。
先にしびれを切らしたのはスネイプだった。


「我輩はどこぞの貴族様と違い、暇ではないのですが」

「やっぱり、ルシウスから連絡が来ていたのね?」


愉快そうに笑う彼女に対し、スネイプは苦い表情を浮かべたままだ。

ジルの言うとおり、研究を始める一時間ほど前にホグワーツの同寮で在学中は先輩にあたるルシウスからフクロウ便が届いていた。

『ジル叔母様が遊びに来ている』と。


「それで御用件は」

「ルシウスにも言ったんだけれど……ルーマニアで愚弟を見つけたの」

「!……我が君を、ですか」

「えぇ。だから、という訳ではないのだけれど“お使い”に行ってもらったの。ほら、今年はハリーが入学するでしょう?」


つ、と冷や汗が背中を伝った。
学生時代、彼女の逆鱗に触れた死喰い人の末路が脳裏に浮かぶ。

愚弟、と呼んでいるけれど彼女が闇の帝王を気にかけていたのは事実。彼女は、ハリーを狙っているのだろうか。


「……何をされるおつもりで?」

「秘密、と言いたいところだけれど、いいわ。セブルスには特別に教えてあげる」


悪戯する子供の様に彼女は笑うと、手招きをするので仕方なく彼女の方へ行き、顔を近づけると耳元で囁く。
微かにベルガモットの香りが鼻を擽る。


「あのね、手伝ってあげようと思って」

「手伝う?」

「きっとアルバスはハリーに愚弟を始末させようとするでしょう?だから、そのお手伝い」


うふふ、と可愛らしく笑った彼女のセリフが頭の中でぐるぐると回り、言葉を失った。