帝王の血縁
多くの魔法使い達で賑わうキングズクロス駅。そこに停車中のコンパートメントの一室に彼女はいた。
発車の時間が近付き、続々と乗り込むホグワーツの生徒達。
その喧騒を懐かしく思いながら、分厚い禁書へと視線を落とした。人が多くなってきた今、そろそろコンパートメントを確保出来なかった生徒が自分しかいない此処へやって来るのを予想しながら。
――――コンコン。
「……はい、どうぞ」
「他がいっぱいだから此処を使わせてもらっても?」
「えぇ、勿論。どうぞ」
そう促すと、プラチナブロンドをオールバックにした少年とガタイのいい太り気味の外見が良く似た二人の少年が入ってくる。
「君も新入生か?」
「はい。申し遅れました。私はシェリル・ウィンターソンと申します」
ドラコは後ろの二人に荷物を上げるように言ってシェリルの正面に座る。シェリルのラストネームを聞いて好意的に笑うと自らの出自を誇るように自慢げに名乗った。
「僕はドラコ・マルフォイ。ウィンターソンは聞いたことがある。代々スリザリンで、純血の名家だったな。純血同士、ぜひ仲良くしたいものだ」
「嬉しい限りですわ。あのマルフォイ一族のご子息にそう言って頂けるなんて」
「血に誇りを持つのは当たり前だ。そうだ、忘れていたが、この二人はクラッブとゴイル。こいつらもまぁ、一応純血だ」
紹介を受けてお菓子を食べていた二人は軽く頭を下げる。
「シェリル・ウィンターソンです。以後お見知りおきを」
にっこりと笑みを浮かべたシェリルに頬を赤らめ、こくこくと頷き返す二人にドラコはやれやれと肩をすくめた。
「ところで、本を読んでいたようだが何を読んでいたんだ?」
「これですか?『中世ヨーロッパにおける黒魔術』です」
手に持っていた黒い背表紙に金箔で書かれたタイトルを読み上げる。
「……禁書じゃないか。しかも発売禁止になっているやつだ」
「よくご存知ですね」
「父上の本棚にそれがあった。続編も出ているやつだろう?」
驚いたように言うドラコにさらりとそう返せば、これまた爆弾発言とも取れる返事が返ってくる。
本来禁書は一個人が大量に所持してはならないものだ。それをその一冊だけでなく続編のことも知っているとなると、マルフォイ邸には一体どれだけの禁書が眠っているのか。
「続編もお持ちなんて、流石ですね」
「まぁ父上の物だしな。むしろ凄いのはMs.ウィンターソンだろう。入学前の子供が読める本じゃないぞ」
「ふふ、腐っても名家ですから。禁書の扱いくらい嫌という程仕込まれています。いつあの方がお戻りになっても良いように、精進していますの」
声のトーンを落として小さく言ったシェリルの言葉に目を瞠ったドラコは自然と笑みを零した。
あの気に入らないハリー・ポッターが例のあの人を退けて、世界に安穏と平和が戻ったと大人達は言う。けれど、そうではないとシェリルはとても綺麗な笑顔で言うものだから。
純血の家系は多くが例のあの人を支持する。勿論、ドラコの実家、マルフォイ家も例外ではなく。そして、彼女のウィンターソン家もそれと分かり。
「……君とは仲良くなれそうだ。是非、僕のことはドラコと」
「では、ドラコと呼ばせていただきますね。ドラコもシェリルとお呼びください」
「あぁ、改めてよろしく頼む、シェリル」
お互いにこやかに笑顔で交わす握手。
少女は少年の笑顔の裏に潜んだ悪意を正しく察知していた。
それでも、少女は友好的な態度を崩さなかった。
少年と同じように、彼女もまた。同じような事しか考えていないのだから。
けれど、少年は知らない。
穏やかに微笑む少女の笑顔の裏に仄暗く甘美な闇が広がっていることに。
見目麗しい少女が、父親が恐れ敬う例のあの人の血縁ということを。
少年は理解していない。
かの有名な闇の帝王さえも凌ぐ魔力と技術を有し、類希なる才能と努力を惜しまぬその性分、そして。
彼女の持つ、ヒトを魅入らせる魔性の瞳を。