02
夕暮れ時になると町は少しずつ静かになっていく。
商いをしている店は閉まり、逆に夜に向けての商い(出会い茶屋や遊郭)なんかが盛んなところは明かりが灯り始め賑わいを増していく。
サラは森から出て静まり返った町を歩く。
服を買おうにもこの時代のお金は持っていない、だけどこのままでは怪しまれることは確実だった。
サラがヴァンパイアでなければとっくに街の人間に変なことを言って気狂いだと思われていたことだろう。
俊敏に、迅速にやらなければいけないことを把握できるこの体と頭だからこそ繋いでいるようなもの。
はぁ、とひとつため息をつく。
背後から掛けられる声。
どうやら"運の悪い"男が引っかかってしまったようだ。
「おい、女」
「……なんですか?」
「何故そのような面妖な格好をしている?」
「…………」
答えずに黙り込むサラに男は苛立った様子でその肩に手をかける。
残念だが、ヴァンパイアは人間の力でどうにかなるような柔な造りはしてない。びくともしないサラに男は怪訝そうに顔を顰める。
ゆっくりとサラが振り返ると、その顔立ちと瞳の色に気付き、驚きに目を瞠ると再び口を開いた。
「貴様、メリケンのものか!」
「是と答えたら、どうするおつもりですか?」
男はサラの言葉ににやりと下卑た笑みを浮かべると「―――斬る」答えた。
「そうですか。ですが、わたしは貴方に斬られるほど弱くはございません。大人しく退いた方が身のためですよ」
努めて優しく言っているサラの言葉は逆効果だったらしく、男は刀の柄に手をかける。
その動作はヴァンパイアのサラにはとても遅くて遅くて。
その時だった。静けさを裂くように鋭い悲鳴、狂気じみた笑い声。そして漂う人間の温かい新鮮な血の匂い。
「な、何事だ?!」
「わたしの目の前から消えてくださいませんか?でなければ」
―――殺しますよ?
とにっこり微笑んで男に向けて言うと、男はガタガタと恐怖に身を震えさせて一目散に後ろへ走って行った。
誰もいないことをさっと確認して、サラは悲鳴が聞こえた方へ走る。時間にして数秒もなかったはずなのだが、そこには無残にも血塗れになって死んでいる男の死体、そしてそれに群がる浅葱色の羽織を着た白髪の男達。
その様はまるでヴァンパイアの食事の風景を思い起こさせるには充分で。赤い瞳が印象に残る光景だ。
ひとつ違うのはヴァンパイアは白髪にはならないことくらいだろうか。
血を啜る様子から見るにかなり飢えている。だが、その瞳に欠片ほどの理性もなく。それはわたし達ヴァンパイアの狩りの時にあるほどの理性さえ。
「香りからしてもヴァンパイアではないことは確かね。それにしても品の欠片もない。……醜い化物」
吐き出すように悪態をつきながら蔑みの目を向ける。エドワードやカーライル、他の家族は狩りの経験は長いため食べる時もこんな風に服や顔を汚すことは無い。
他の人間を捕食するヴァンパイアはどうなのか知らないが。
ふと鼻をつく香り。どうやらまた新しい人間が来たようだ。暗闇でも見通せる目で足音のする方向を見ると、そこにいるヴァンパイアもどきと同じ羽織の男達が数名、走っているようだ。
「……厄介ごとに巻き込まれる前に消えた方がいいかしら。でも、色々と調達するには……」
彼らに捕まっておく方が楽だろう、と思ったのも一瞬。捕まる方が楽は楽だろうが、そうなると身動き取れなくなるのも困る。
食事が取れないのも困るけれど何より、あの浅葱色の羽織は……。
サラはひとり、笑みをこぼすと月に照らされた彼らの姿が現れるのを待った。