03

「チッ、手遅れか。おい、斎藤、始末するぞ」

「はい」

二人の男は今だ死体に群がって接近に気付いていない白髪の吸血鬼もどきに斬りかかる。
その手腕は人間にしては見事なもので、的確に心臓と首を狙っていた。

飛び散る吸血鬼もどきの血はヴァンパイアのサラからしても人間と比べ、そそられる要素は皆無。むしろどことなく腐臭に似た香りさえする。
カーライルの元で血に対する耐性をつけていなくても飛び出すこともなかっただろう。

「副長、終わりました」

「こっちも終いだ。羽織を脱がせたらあとは山崎に任せるぞ」

「御意」

藍の髪の男は、もう一人を『副長』と呼んだ。
浅葱色の羽織に副長とくれば決まっている。……土方歳三。確かに現代に伝わっているようにかなりの美男子に見える。

その前に土方は斎藤と言っていたような……?まさか、あの斎藤一?居合の達人と言われ、沖田と並んで強いと称された?

ふわりと風に乗りサラのもとに香る人間の匂い。
どんなに激しい動きをしても動じないはずの心臓が一気に跳ねる。

甘過ぎるほどに甘い香り。惹き付けられる人間の香り。
菫の様な清廉で清純な優しい香りが鼻につく。
その中に交じる柔らかい桜のかすかな匂い。
いつもなら何てことないはずの人間の香りに、サラはどうしようもなく狂おしいほどに惹かれていた。……惹かれるなんてもんじゃない。
これはまるで麻薬のように体に染み込んでいく。

サラは息を止め、その場を去った。
一瞬の出来事も永遠に思えた。サラは気がつけばかなり遠くまで移動していたようだ。
移動している間も頭の中はどっちのものかも分からないあの匂いのことでいっぱいだ。

エドワードはあの噎せ返るような匂いをどうやって乗り越えたんだろう。
ベラの匂いでさえ家族は我慢出来なくなりそうだったのに、エドワードは一番近くでどうやって我慢しているの?あと少しであのまま攫って行こうと行動を起こす寸前だったのに。

山の中で立ち止まり、汚染されていない空気を肺いっぱいに吸い込んで換気する。
それでもなお鼻の奥に残る香りに恋焦がれるように頭が痺れている。

「……欲しい、な」

ポツリと落とすように呟いた。
永遠に続く夜を生きて、時間を持て余して家族と過ごす時間だけがわたしがわたしでいられる時間だった。

それでもどこかで渇望していた存在(もの)があった。
カーライルにとってのエズミ。
アリスにとってのジャスパー。
ロザリーにとってのエメット。
エドワードにとってのベラ。
……共に生きる相手。灼きつくようなこの感情が、愛だというのなら、わたし達(ヴァンパイア)にとって"食べたい"という欲求こそが、愛じゃないか。
――――欲しい(食べたい)。

例え、化物と罵られようと。
例え、魂を奪った相手と憎まれようと。
例え、何かを犠牲にしても。

永遠に続く黄昏を、生きていきたい。