04

あれからサラは遠目からあの日の彼らのことを調べ始めた。下手に近づけばあの香りに惹き付けられて大変なことになり兼ねないのでかなり遠くから観察していた。
幸いにもヴァンパイアは五感がかなり良く、遠くからでもなんの支障はなかった。

観察を始めて一週間。
いくつかわかったことがある。
彼らは昼間と夜間で分かれて何組かで巡察をしていること、そして夜、彼らが生活する八木邸の隣に前川邸がある。そこにあの日の夜、サラが目撃した例の"もどき"の匂いがしたのだ。

どうやら"もどき"の存在を知っているのは幹部以上の人間らしく、平隊士は出入りをきつく禁じられているようで、屯所として八木邸を貸し出している八木家の者も知らないようだ。

それにしてもこうして観察を始めて思うことがある。
幹部達、中でも沖田と斎藤、そして土方はかなり気配や視線に敏感で鋭いのか、時折わたしがいる方を凝視することがあった。
人間の目では視認出来ない距離だから特にこれと言って問題もないのだが。


そろそろ狩りの時間だ。
サラはあの日の夜以降、常に食欲を満たして置くようにしていた。いつどこで何があるかもわからない。
何たって気付いたら江戸時代にトリップしてしまっていたし、今の時代でもカーライルはいるはずだけど、そこには恐らくサラ自身もいたはず。
過去を変えてしまえば未来が変わる。
あの時間を無くしたくない一心で、サラは海を渡ることを我慢していた。

短い咆吼を上げて絶命する獣の喉元から牙を離すと、遠くで狂気を振りまく笑い声が耳に届いた。

「……今月で三度目。また失敗した"もどき"の始末に来るわね」

そろそろ時期だろうか。
サラは新選組のもどきが町民を襲う前に仕留めようと風を切って走った。

わたしは聖人でもないし、かと言って悪人でもない。ただ善悪や生死における個人的理解が緩いだけだ。故に他人が死のうがどうでもいい。
守りたいと思ったものだけ守れればそれだけで満足なのだ。
だから家の壁に立て掛けられた板に隠れた男装した女の子がどうなろうと関係ないと割り切っていた、のだが。

サラが吸血鬼もどきに殺された浪士の刀を使って吸血鬼もどきを二人ばかりを殺した後、残ったまがいものに襲われかけた彼女は意外なことに、新選組の、サラが欲した斎藤に助けられてた。

吸血鬼もどきを切り伏せた斎藤は魅惑的な匂いを振りまきながら、サラへと目を向ける。

そして、背後からスッと刀が伸びてきた。桜と、菫が混ざった清廉な香りがサラの肺を満たしていく。
永遠に浸り続けたいような、今すぐにでも貪り尽くしたくなる匂いの中で、彼は口を開いた。

「いいか、逃げるなよ。背を向ければ斬る」

白銀に煌めく刃。月明かりに照らされた紫色の瞳がサラを射抜く。

なんて、美しいのだろう。
愚図で鈍間、愚鈍で馬鹿な愚かしいはずの人間にこんなにも美しく、気高く、稀有な者がいるなんて。

嗚呼、欲しい。何故こんなにも欲するのか。食べたいだけじゃない感情の渦に飲み込まれかけていたわたしの元に、土方の香りとは別の香りが届いた。

土方の匂いとは似て非なる香り。桜と紫陽花、それから竜胆とリコリス。それは土方の後ろから漂ってきていた。斎藤の香りもまたわたしを惹き付ける甘く優しい馨しい匂いだった。

あっさりと刀を引いた土方は苦々しい表情でわたしとその後ろにいる少女を交互に見ると深くため息をついた。
土方が刀を引いたことに驚いていたのは後ろの少女と沖田、そして斉藤もだった。

「あれ?いいんですか、土方さん。この子たち、さっきの見ちゃったんですよ?」

「……いちいち余計なこと喋るんじゃねぇよ。下手な話を聞かせちまうと始末せざるを得なくなるだろうが」

最高機密のはずの吸血鬼もどき。そのことを自分が知っていると言ったらどんな顔をするだろうかと想像した。
始末する?拷問?大理石よりも硬いこの肌をどうやって砕くというのだろう。
後ろの女の子はアレが見てはいけないものだと理解してしまったようで先程より顔色が悪くなっている。
その子の心を読んだように沖田は口を開く。

「この子たちを生かしておいても厄介なことにしかならないと思いますけどね」

「とにかく殺せばいいってもんじゃねぇだろ。……こいつらの処分は帰ってから決める」

「俺は副長の判断に賛成です。長く留まれば他の人間に見つかるかもしれない」

そう言ったあと、サラが斬り殺した死体へ目を落とす。

「それにこいつらを始末した手腕は間違いなく素人ではない。詳しく事情を聞く必要があるかと」

「それもそうだな。……ったく、頭の痛ぇ話だ、ここまでひどいとはな」

感情の宿らない眼差しを足元に向けてつぶやいた土方は不意に顔を歪め、苛立たしげに二人を睨みつける。

「つーか、おまえら。土方とか副長とか呼んでんじゃねぇよ。伏せろ」

「ええー?伏せるも何も、隊服着てる時点でバレバレだと思いますけど」

確かに、浅葱色の羽織は京の都じゃなくても有名だし沖田の言葉は尤もだろう。

「……余計なことは考えない、考えない」

土方達には聞こえていないのだろうが、後ろでブツブツと呟く女の子の声が聞こえた。
この状況で余計なことを考えて悪い方向への理解が進めば、己の身の安全は保証されない。正しい判断だ。

それにしても、話が長い。

「死体の処理は如何様に?肉体的な異常は特に現れていないようですが」

「羽織だけ脱がせとけ。……あとは山崎が何とかしてくれんだろ」

「御意」

「隊士が斬り殺されてるなんて、僕たちにとっても一大事ですからね」

くすくす笑って同意する沖田の瞳の奥にほんの微かに悲しみが映った。仲間を捨てる事に対するものなのだろうか。

―――助けてあげたのにお礼はないの?
なんて沖田の阿呆みたいな台詞でハッと我に返った男装のその子は慌てて斎藤に向かって頭を下げた。
その後、サラにも。
助けようと思っていたわけでもないが、サラが小さく頷くと彼女はほっと顔を綻ばせた。

そして漸くサラ達は歩き出し、屯所へと向かう。
馨しい香りに酔いながら頭の片隅でこのあとの展開を予想してどうやって尋問を切り抜けようか考えていると。

「……己のために最悪を想定しておけ。……さして良いようには転ばない」

斎藤の釘を指すような言葉はどうやらサラの後ろを歩く少女に向けられたものだったようだ。

恐怖に表情を歪めた彼女に僅かな同情の念を抱いた。
新選組は彼女を解放しない。殺されるか、監禁されるか。どちらにせよ、新選組にさえ、未来が無いことは先を知るサラが一番理解しているのだ。