05
朝の光が窓から差し込む。
ぐるぐる巻きに拘束された体を起こし、サラは日陰になっている壁側へ体を寄せた。
天井裏には監視役として監察方の山崎がいるようだ。人間にしては気配の消し方が上手いが、気配は消せても匂いは消せない。土方や斎藤に比べるとそそられはしないが芳醇な人間の匂いに食欲が刺激される。
サラの隣では昨夜一緒に連れ帰られた女の子が縛られて身動きが取れないためか寝心地悪そうに眠っている。
よく眠れるものだ、とつく必要の無いため息つけば、しばらくした後、僅かに身じろいだ少女は意識を浮上させ、息を吐いた。
「全部、悪い夢なら良かったのに……」
「残念ながらそれは少しばかり無理がありますね」
「えっ?!」
「おはようございます。よく眠れたようで何よりです」
「あ、昨日の……」
「ええ」
人間らしく、を心がけて会話をすれば少しずつではあるが警戒が解けていったのか彼女は小さく笑みを見せる。
「わたしはサラといいます。貴女は?」
「申し遅れました!雪村千鶴と申します。サラさんって、えぇと、その……」
言いにくそうにする彼女の言葉の先を連想する。
つまり、ベースは日本人特有のものだが整いすぎたと言える顔に金色の瞳を見て、更には江戸時代では馴染みのない洒落た名前から日本人かどうかを聞きたいだろう。
サラはにこりと笑顔で肯定する。
「そうなんですか。名前が馴染みなくて……」
「生まれは日本ですが、育ちがメリケンなので。ややこしくて申し訳ないです」
「いえっ。それに、名前だけではなくて、お姿もだいぶ日本人離れしててお綺麗だったので……」
獲物である人間を惹き付ける為に、変身すれば更に美化される。その効果は江戸時代の人間相手でも有効なようだ。
「ありがとうございます」
サラがお礼を言うと千鶴が顔を赤らめた瞬間、襖が開いて人の好さそうなおじさんが顔を出した。
「あぁ、目が覚めたかい」
井上と名乗ったその男はサラと千鶴の縄を緩めた。
それに千鶴はありがとうございます、と頭を下げると井上は少しだけ笑ってサラ達がどこまで見たのかをはっきりさせたいと言って居間に連れて行かれる。
案内された部屋では、新選組の幹部連中が待っていた。突き刺すような視線が向けられて、千鶴は身を固くする。
ただの人間に対して恐怖など感じないサラは平然として促されたままに腰を下ろした。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「……寝心地は、あんまり良くなかったです」
自分を殺そうとしている相手とはいえ見知った顔を見つけて安心した千鶴は言葉を選びつつ返すのだが、沖田の方が上手だったのか、にやにやと笑って言った。
「ふうん……。そうなんだ?さっき僕が声をかけたときには、君、全然起きてくれなかったけど……?」
よくもまぁいけしゃあしゃあと嘘を言えるものだ。と呆れ混じりにそのやり取りを見ているサラ。
愕然とする千鶴を横目にサラはおもむろに口を開く。
「千鶴さん、からかわれてるだけです。沖田さんは部屋に来てませんよ」
「へぇ。君、寝てなかったんだ?」
「えぇ、あの状況で縛られたまま眠れるなんて出来ませんから」
サラの言葉に落ち込む千鶴を見て、沖田はけらけらと笑う。
「おい、てめぇら。無駄口ばっか叩いてんじゃねぇよ……」
土方の呆れ返った声が響くと、沖田は肩をすくめて微笑んだまま口をつぐんだ。
「でさ、土方さん。……そいつらが目撃者?」
そう言ってサラと千鶴を一瞥したのは幹部の中でも最年少に当たる藤堂平助。
「お前はともかく、そっちのはちっこいし、細っこいなぁ……。まだガキじゃん」
「お前がガキとか言うなよ、平助」
「だな。世間様から見りゃ、お前もそいつも似たようなもんだろうよ。隣の美人な嬢ちゃんはどっちかっつったら角屋とかにいそうだが」
永倉新八に、原田左之助。
三人は冗談を含んだ言い合いをしながらも視線はサラと千鶴から外れることは無かった。
興味を装った眼差しの裏側に強い敵意を隠して。やがて、怯えと悲しみに俯いた千鶴に男は穏やかな声音で話しかける。
「口さがない方ばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」
「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、山南さん」
淡い笑みを浮かべてからかうような口調で土方が言うと、それに他の人達はうんうんと大きく頷いていた。山南は心外だと口ではいいながら微笑んだまま。そんなやりとりを見ていた真ん中に座る人物……この新選組の長、近藤勇が二人は相変わらず仲が良いと言った。
そして、自己紹介を経て、漸く本題に入った。
「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬り合いとなりました。隊士らは浪士を無力化しましたが、その折、彼らが『失敗』した様子を目撃されています」
斎藤がちらりと、千鶴に視線をやる。
「私、何も見てません」
言い切った千鶴に僅かに顔を緩めた土方。斎藤は無表情で、沖田は微笑んだままだった。
本当に何も見ていないのかと問われた千鶴はまたも見ていないと答える。
根が素直なんだろう。必要の無いことまで話し、結局隊士が浪士を殺したところを目撃したのを自白気味に説明してしまった千鶴は誰にも話さないと言ったがそれを聞き入られるわけもなく。だがそこに、斎藤が割って入った。
「問題は、隊士が浪士を斬り殺したところではありません。彼女が三人いた隊士の内、二人を我々が到着した時点で始末していたことです」
斎藤の言葉に幹部連中に驚きが走る。
そう、薬の力で人間以上の力を手に入れた羅刹ははたから見たらただの女にしか見えないサラに、いくら武器があっても、刀の心得があったとしても、殺せるとは思えない。ヴァンパイアとして転生していなければ殺されていたはずだ。
「それについて、何か言いたいことは?」
「………………」
黙っていれば、更に刺すような敵意を含んだ視線が強まる。けれど、サラは余計なことを千鶴に聞かせる気は無かった。
「千鶴を部屋に戻してくださいませんか?」
「それは俺達が決めることだ」
暗にそのまま話せと言っている土方に誰も反対はしない。サラは小さく彼らが千鶴を遠くへやらざるを得ない言葉を口にした。
「そうですね。先程藤堂様が仰った、"理由"を知っていると言ったら、どうしますか?」
土方の一層鋭くなった視線を受けて斎藤が無言で千鶴を連れて居間を出る。
去り際に千鶴はサラを見つめて何か言いたそうにしていたが、斎藤は問答無用と引きずって行った。
幹部達は敵意を隠すことなく、サラに向ける。斎藤が戻り、土方が口を開いた。
「さぁ、知ってることを話してもらおうか」