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教会で懸命に祈るおばあさんの大事な指輪を探してこっそり返したり、新しい馬を買うために睡眠時間も削っていたためにうたた寝をしてしまったお兄さんの馬小屋の掃除をして、気づけば空には星が出ていた。
一応村中を回ったわけだし、もう困っている人はいないかな……と、あたりを見回していると、滝の前に佇む見覚えのある人影を発見した。
「……お師匠さま?」
お師匠さまもこちらに気づき、近づいてくる。
「ユリエルよ、しっかりと役目に励んでいるようだな。……どうした、私がこの村に来るのは、もういらぬ世話かな?」
「い、いえ。そんなことはありませんけれど……。お師匠さま、色々と忙しいのでは?」
「なに、これから世界中を回るつもりで、たまたま最初にこのウォルロ村に立ち寄っただけのことだ」
「世界中? いったい何を……、」
「ところで、ユリエルよ」
お師匠さまは僕の疑問には答えずに、話を変えてしまう。聞きたいことはあったけど、話を変えたっていうことは話したくない、もしくは話せないことなんだろう。知りたいけど、どうしたって僕はお師匠さまには逆らえない。
僕は諦めて、お師匠さまの話に耳を傾ける。
「実はまだお前に教えることが残っていたのだ」
「教えること……なんでしょう?」
「生きている人間を助けることも天使の使命だが、もう一つ。死してのち、まだなお地上をさまよっている魂を救うことも、天使たる使命」
お師匠さまは村を見回し、最後に僕を見る。厳しく、真っ直ぐな瞳が僕を見つめて、やがて静かな声で話し出す。
「この村の何処からか救いを求める魂の声、お前にも聞こえるだろう」
その言葉に、目を閉じて耳を澄ませる。微かな声が聞こえた気がした。それが救いを求める魂の声なのかはわからなかったが、お師匠さまが「行け」と目で訴えてきたから、僕は声のする方へ飛んでいく。
民家の影に、一人寂しげに涙を流す男性がいた。彼は本来、ここにいるはずではない人物で、つまりお師匠さまが言っていた助けを求める魂とは、彼のことだろう。
その容姿からは想像しがたい、静かな声ですすり泣く男性。なんと声をかけようかと迷っていると、彼の方が僕に気づいた。目が合うと、彼はよろよろと僕に近づいてきた。
「あんた、俺が見えるのか!? 教えてくれ、どうしてみんな、俺のことが見えなくなっちまったんだ!」
取り乱して、すがるように僕に問いかけてくる。僕が口を開こうとすると、彼は僕の背中と頭上を見て、はっとしたような顔をした。そして僕が何も言わないうちに「もしかして……」と呟いた。
「あんた、天使さまなのか……?」彼は戸惑いつつも、ほとんど確信した様子で僕に訊く。僕が頷くと、「やっぱりそうだったのか」と彼は納得したようだった。
「誰にも気づいてもらえないのは、本当に辛かった。だから……もういくことにするよ」
彼の身体が青く光り、ふわりと宙に浮いた。「ありがとう、天使さま」と最期に彼はそう言って、空に溶けていった。