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 幸いにも、僕の怪我は大したものではなくて、リッカちゃんやおじいさんに驚かれるくらい早く回復した。回復が早いのね、と言われたときは、笑って誤魔化すしかなかった。彼女たちはともかく、他の村人たちは僕を不審な人だと思っているみたいだ。大地震の日に落ちてきて、それなのに数日で回復して、しかも名前はこの村の守護天使と同じなんだから、それは当然かもしれない。ただ、僕は今もしこの村を追い出されでもしたら、行くところがない。たとえリッカちゃんがかばってくれたとしても、村長さんが一度決定してしまえば、覆らないだろう。あまりおかしな行動はしないようにしないと。
 しかしそうは思っても、何せ僕は人間ではない。天使界では人間について学ぶこともあったけれど、正直なところ、そんなに覚えてはいない。いつか何かおかしなことをしてしまいそうだ。ボロが出る前に、帰りたいところだけれど。

 怪我が治って、普通に歩けるから、少し外へ出てみる。部屋でずっと考えていてもいい考えは浮かんでこないし、気持ちも沈んでしまう。青空が広がっていて、散歩日和な午後だ。
 村の中を、ぐるっと一周してみる。翼があったときに見ていた印象とは少し変わるなあ、と思った。村の雰囲気はとてもいいんだけれど、やっぱり僕を不審に思っている人たちは、僕を見るなり声を潜めて話し出す。いい気分ではないけれど、仕方ないといえば仕方のないことだと思うし、僕を住まわせてくれているリッカちゃんやおじいさんはそんな素振りを見せないから、居心地はとてもいいのだ。
 村のシンボルでもあるらしい大きな滝を見上げる。確かに、シンボルと言うだけあって、とても大きくて存在感のある滝だ。僕は大地震の揺れで、あの滝の上から落ちてきた−−ということになっている。あんなところから落ちたら、人間なら助かってないかもしれないなあ、とどこか他人事のように感じてしまう。翼や光輪をなくしても、治癒力が高いという天使特有の力は失っていなかったようで、それが余計に村人たちに不審に思われているようだった。
 そろそろリッカちゃんのところに戻ろうかな、と歩き出そうとした瞬間だった。後ろから、「よっ!」という声が聞こえた。でもまさか僕を呼んでるとは思わなくて、僕がそのまま歩こうとすると、目の前に男の人が現れた。

「わ、っ」
「怪我、治ったんだな!」

 よく通る声で、目の前の男の人は言った。赤いバンダナをした、僕より少し背が高くて、若い男の人。見覚えはないのだけれど、彼は僕を知っているように話しかけてくる。

「……あ、待てよ。そういえば俺たち話すのは初めてだよな」

 いい天気だな、などと話しかけられたあと、彼はあれ? という顔をして、そう言った。僕はまだ少し困惑しつつも、頷いた。そうかそうか! と笑った彼は、自分の名前を名乗った。

「俺はレニー。名乗りもしないで話しかけて、悪かったな」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから。僕は、」
「知ってる。宿屋に居候中の旅芸人のユリエルだろ? よろしくな!」

 笑いながら握手を求められて、僕は右手を差し出す。彼、レニーくんは僕の手を握ると、ぶんぶんと横に振った。そうしてしばらくしたあとに、僕の手は解放された。

「ユリエルのことは、リッカさんから聞いてたんだ。怪我の具合とかも気になったしな」
「そうなんだ。ありがとう、もうすっかり治ったよ」
「みたいだな! 落ちてきたときはどうなるかと思ったけど、元気になったならよかったよ」

 レニーくんの笑顔を見ていると、張りつめていた気持ちが緩むような気がした。どこか安心できる笑顔のおかげで、僕も自然と笑顔になれた。

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