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「手伝えること? 気持ちは嬉しいけど、ユリエルは病み上がりでしょ。それにレニーさんはお客さんだから、気にしなくていいですよ」
「いや、あんなにいいサービスをしてもらっているのに、何もしないなんていうのは、失礼だろ。宿代を払えるのが一番だとはわかっているんだけど……」

 レニーくんはこんなに長くここに宿泊するつもりはなかったから、持ち金が底を尽きてしまったようで、僕と同じくリッカちゃんの優しさに助けられているらしい。
 僕なんて、毎日美味しいご飯と暖かい寝床を用意してもらっている上に、怪我の手当までしてもらってるんだ。何か役に立てたら、と思ったものの、案の定リッカちゃんは気にしなくていいと言う。

「皿洗い、掃除、洗濯。リッカさんほど完璧にはこなせないけど、最低限のことはできる。困ったことがあったら何でも言ってくれ! 役に立ってみせるからな!」

 どんとこい、と言うように胸を叩くレニーくん。意外だ、家事全般できるなんて、と思ったのは秘密。僕なんかよりずっとしっかりしてて、真面目で、頼りになる人だなあ。

「なら、リッカさんのじいさんの肩たたきでもするか」
「おお、ありがたいのう」
「ちょっと、おじいちゃん!」
「そうだ、ユリエルがリッカの肩を揉んでやってくれ。これでリッカも満足じゃろう」
「僕が? 肩揉みなんてやったことないけど、やってみようかな」
「大丈夫か、ユリエル? セクハラにならないように気をつけろよー」

 冗談めかして笑いながらレニーくんはそう言って、おじいさんも朗らかに笑った。リッカちゃんは、「もう」と呆れたように、それでも笑っていた。なんか、いいなあ、と思った。こういう楽しい家族、というものを地上に来て初めて見て、いいものなんだっていうことがわかった。
 せくはら、っていう言葉はよくわからなかったけれど、なんだかぽかぽかと暖かくて、自然と笑みが漏れた。

「それにしても、峠の道はいつになったら通れるようになるんだろうなあ。早く開通してくれないと、毎日肩揉みに来ることになる」
「それもいいが、やはり峠の道が開通せんと困るのう。宿屋にも人が来なくなる」
「セントシュタインに行くには、峠の道を越えるしかないからなあ。唯一の道が塞がれると、どうしようもないな。あの地震もよくわからないことばかりらしいし、怖いな」
「守護天使さまが守ってくださっているのだから、きっと大丈夫じゃ」
「そういえば、ウォルロ村の守護天使って、なんて名前なんですか?」

 ユリエル、っていうのよ。そう答えたのはおじいさんではなく、リッカちゃんだった。守護天使が、今ここにいるなんて誰も思わないだろう。偶然、同じ名前なだけ。天使は本来人間には見えないのだから、まさか僕がこの村の守護天使だなんて、そんな突飛なことは誰も思わない、はず。

「……へえ、そうだったのか」

 レニーくんと、目が合った。しっかりと僕のいる方を見つめていた。どき、と心臓の音が鳴るのが聞こえた。真っ直ぐで、気さくなレニーくん。どことなく、野性的な勘が冴えていそうな気がする。普通なら思いつかないような突飛なことも、彼なら言いそうにも思える。

「そんな偶然もあるんだな」

 はは、と明るく笑うレニーくんの表情は、何かがわかったような顔に見えて、背筋がぞくりと冷えた。怖いわけじゃないけれど、心の奥の方まで見られた気がした。


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