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遠くからちゅんちゅんと鳥の鳴き声が聞こえる。そろそろ起きなきゃ、と思うと同時に、部屋の扉ががちゃりと開いた。起き上がると、リッカちゃんがベッドの隣に来ていた。
「おはよう、ユリエル。起きたばっかりで悪いんだけど、ユリエルにお客さんが来てるの」
「お客さん……?」
寝起きで頭がぼうっとしているせいか、声まで頼りないものになってしまう。僕に、お客さん? レニーくんだろうか、村で僕を訪ねてくるような人は、レニーくん以外にいないだろう。
「……それって、レニーくん?」
「ううん。ニードよ」
「えっ」
ウォルロ村の村長の息子であるニードくんは、ことあるごとに僕に不満げな表情を向けてくる。村に転がり込んで、リッカちゃんにお世話になっている僕が気に入らない……のだと思う。
だから、ニードくんから僕に話しかけることなんて少なくて、せいぜい挨拶をするくらいのもの。そんなニードくんがこんな朝早くに、僕に用があるという。一体、何の用事だろう。
顔を洗って下に下りると、本当にニードくんがいた。よう、と軽く片手を上げて挨拶をしたニードくんに、僕もおはよう、と返す。
「そんな意外そうな顔すんなよ。ちょっと、お前に話があってな」
「話?」
ニードくんは僕の服の袖を引っ張り、「外へ出ようぜ」と僕を連れ出した。わけがわからない僕は、ニードくんについていくしかなかった。僕をリッカちゃんの家の裏まで引っ張っていったニードくんは、さて、と話し始めた。
「話ってのは他でもねえ。土砂崩れで峠の道が塞がってるのは知ってるだろ?」
「う、うん。そのせいでレニーくんも帰れないって言ってるし」
「そう、あの道はこの村と他の土地を結ぶ、大切なかけ橋なんだよ。おかげでリッカ……いや、村のみんなが迷惑してんだ」
リッカ、と言っていたことは聞こえないふりをして、ニードくんの話の続きを待つ。ニードくんが何を言うか、わかるような、わからないような。
「そこでこのニードさまは考えた! 俺が土砂崩れの現場まで行って、なんとかしてやろう、ってな!」
「なんとか、って。土砂をどこか違うところへ運ぶ……ってこと?」
「まあそんなとこだ。そうすりゃ、親父も俺のこと見直すだろうし、リッカだって大喜びってわけだ」
「確かに……。そうすれば、リッカちゃんの宿屋にもお客さんが来る」
「そういうわけだ! ……ただ、この完璧な計画にも、一つだけ問題があってな」
深刻そうな顔をして言うニードくん。問題は一つだけなのかな、という疑問は言わないことにして、ニードくんが懸念する問題というものが何なのか、訊いてみる。
「あの大地震のあと、外にはやたらと魔物が出るようになっちまって、とても一人で峠の道まで行けるような状態じゃねぇんだ」
そういうわけで、と僕の顔を見るニードくん。「一緒に峠の道まで行ってほしいんだ」と言われて、咄嗟には頷かなかった。外に魔物が出るようになったことは知っていた。とはいっても、この周辺に出る魔物はそんなに強いものではない。
旅芸人てのは、腕の方も結構立つんだろ、とそんなことを言われても、僕にはほとんど戦闘経験がない。お師匠さまと戦ったあのときくらいだ。
「お前もリッカには世話になってるだろ。恩返しするチャンスだ! もちろん、俺も戦うけど、魔物と戦ったことなんてねえからな。一緒に行こうぜ!」
たぶん、ニードくんは断らせる気なんてない。いくら弱い魔物しか出ないといっても、怪我をしてしまうこともある。もしかしたら、命が危ないかもしれない。ニードくん一人で行かせるわけにはいかないから、僕もついていかないと。
「……そうだね、わかった。僕で力になれるかわからないけれど、やってみるよ」