▼前編《葵side》


今でも時々あの日を夢見る。
爆心地やお母さんと過ごした日々を







私の家系は代々、時空を移動する個性を受け継いできた。
祖母は時間を遡り、母は未来へ移動する個性を持ち、代々その2つの個性を交互に受け継いでいた。


母は二十歳の頃に私を産んだ。
祖母や祖父は既に他界しており、父となるはずの男は酒癖が悪く、よく母に手をあげていたそうだ。
そんな男から自分と私を守るために母は個性を使い、1歳にもならない私を抱えたまま未来へ飛んだ。


飛んだ先で最初に見た未来の光景は壮絶だったと聞いた。
ほとんどの人が個性を失い、敵《ヴィラン》だけが好き勝手に個性を使え暴れまわっていた。
個性を持っている者はすぐさま敵の標的になることを知った母は、無個性を装い街から遠く離れた森の中にあるボロボロの空き家に隠れ住んだ。
敵の標的は個性が残っている者だけに限らず、元ヒーローである者も対象になっていた。

敵が絶対のこの世界で個性を持たずに生き残れるのは、財力のある者や物資を提供する商人ぐらいで、お金も力もない市民はただ服従するしか方法はなかった。


『ねぇ、いつになったらお外で自由に遊べるの?』

6歳になった頃、私は母に尋ねた。
いつも家の中で絵を描いたりして遊ぶしかしてこなかった私は、外で思いっきり走り回りたかった。

「ごめんね…お外は危険なの…」

後から知ったことだけれど、未来へ飛べるのは自分が本来生きている時間軸だけだという。
それ以上先の未来へ飛ぼうとすると体が個性に追いつかず死んでしまう可能性があると聞いた。

母は毎日のように涙を流しながら私に謝ってきた。
けれど私には母がどうして辛いのか分からなくて、日に日に弱っていく母を見るだけしかできなかった。
そして私が8歳になる頃には母は外に出ることができなくなるほど衰弱し、寝たきりの状態になった。
今まで母だけが外に出て、食糧などを調達してきていたがもうそれもできない。
私は夜になると最低限の荷物を持ち、食糧を調達するために静かに外へと出た。
母は寝たきりになっても私を心配し、街へ出ることを反対していた。

『大丈夫だよ。何かあったらすぐ逃げるもん』

敵を見たことのない私はその怖さを知らなかった。
物陰に隠れながら街へ向かったが街は、人がいないのではないかと思うぐらい静まり返っていた。
建物がたくさん建ち並んでいるのを初めてみてビックリしたけれど、とにかく食べ物を探さないと路地裏に入り込んだ。
ゴミ箱を漁り、食べれそうな残飯を拾い集めた。

「お嬢ちゃん、こんなところで何してるんだィ」

聞いたことのない低い声に振り返ると、初めて見た私でもその正体はすぐにわかった。
ー敵だ。
これも“コセー”というものなのか、顔は人の顔とは違っていてトカゲのような顔や肌をしていた。
私は持っていた袋を落とした。手足が震え声がでない。
男はじわりと近づいてくる。
逃げなきゃ。頭ではわかっているのに体が動かなかった。すぐ目の前まで男が近づいてきたとき、爆発が起こり男は突然遠くへ吹き飛ばされた。

「ったく。子供がこんな夜中に歩き回るなんてどういう躾してんだ」

違う男が奥から現れた。
ツンツンととがったシャンパンゴールドの髪に赤い瞳の男が、右腕に煙をあげた機械を付け立っていた。

「おいガキ。こんな夜中に外ふらつきやがって死にてぇのか」
『お…お母さん…のために…食べ物…いるくて…』

鋭い眼孔に私は震え声でいった。
男は溜息をつきながら頭をかくと、しゃがみこみ私の目線に合わせた。

「ここで話してると目立つ。ついてこい。詳しい話はあとで聞く」

男は私の返事を待たずに立ち上がると歩き出した。
怖い人だと思ったけれど、敵から助けてくれたこともあり、私は男の背中を追った。
路地裏をどんどんと進み、気づけば町外れに出ていた。
木々が生い茂り、その中にポツンと1軒の家が建っていた。
男は扉を開き私を中へ招いた。
中はそれほど広くはないが、自分の住んでいる場所に比べればよっぽど綺麗で広かった。

「適当に座ってろ」

少し高い椅子にのぼって座る。男はテーブルの上に湯気のたったお茶が入ったコップを2つ置いた。

「お前、名前は?」
『…如月…葵…。おじさんは?』
「あー…そうだな。爆心地でいい」
『爆…心地…?変わった名前』
「…昔使ってたヒーロー名ってやつだ。今じゃ意味のない名だけどな」

爆心地は少し切なそうに表情を歪めた。
母が昔、私に聞かせてくれたことがある。かつて“コセー”が発現した超人社会で犯罪から市民を守る“ヒーロー”という職業が脚光を浴びていたと。

『じゃあ爆心地も“コセー”っていうの使えるの?』
「…もう使えねェ。今は高校ン時の同級生が作った機械がねェと戦えねェ」

爆心地は右腕につけていた鉄の塊を取り外しテーブルに置いた。
銃口のような穴の周りは少し焼け焦げたような跡がついていた。

「さっき母親がどうとか言ってたな」
『あ!そうだ!私戻らないと!』
「落ち着け。とりあえず何であんなとこにいたか話せ」

私は爆心地に問われるがまま事情を説明した。
母親以外の人間とこうして言葉を交わすのは初めてだった。
どうしてかは分からないけれど、爆心地は目つきこそ怖いけど悪い人ではないと思った。
だから自然と話せたのかもしれない。

「お前と母親はずっとその家に住んでるのか」
『うん。お父さんが悪いことするから、私を守るために今の家の近くの街に飛んだって言ってたよ』
「飛んだ…?」

爆心地は何かを考え込んだあと立ち上がると、近くに掛けてあった袋を手に取ると何やら物を詰め込み始めた。
テーブルに置いた機械を再び腕につけると私にも小さめの袋を渡してきた。

「お前の家にいくぞ」
『え?』
「食い物がいるんだろう」

袋の中に詰めていたものは食糧だった。
手渡された小さめの袋の中にはパンがいくつか入っていた。袋を開けただけでもいい匂いがする。
腹ペコで自然とよだれが出そうだったがぐっとこらえ、袋を閉じた。
爆心地の後ろをついていくように早歩きでついていった。
日はまだ出てきておらず、辺りは暗い。
時折、狼のような動物の鳴き声が聞こえ肩があがる。
迷うことなく森の中を進んでいく爆心地についていくと、私の住んでいる家の近くまで出てきた。


『ただいま!お母さん!』

家に入ると母は弱り切った体で地面を這うように布団から出てきていた。
私の姿を見るなり涙を流していた。

「葵…!よかった…無事で…」
『あのね、あのね!パン!もらったの!』
「…もらった?」

開いたままのドアの前に立っていた爆心地は、靴を脱ぐと持っていた鞄を床に置いた。

「おい、俺はお前の母親と少し話がある。お前は食べる準備をしといてくれ」
『はーい』

私は母を布団へと入れると、パンの入ったカバンを抱え久々の食事の準備をした。
その間、爆心地と母は何かを喋っていたが何を話していたのかは分からない。
ただ2人の雰囲気は重く、私が入っていくことができないことは分かった。
2人の話が終わるまで、私は黙ってテーブルの前に座って待っていた。

「待たせたな」
『ううん。お母さんは?』
「心配しすぎて疲れたから少し寝かせてる。起きたら食べさせてやれ」
『うん!』

その日から爆心地はよく私の家にやって来るようになった。
いつも私と母の分の食糧を持ってきてくれるおかげで、私は危険な目に合うこともなく食事にありつくことができた。
それ以外にも爆心地は私に勉強を教えてくれたり、昔の話をよくしてくれた。
生きてきた中でこんなにも楽しい日々は初めてだった。
毎日が退屈で窮屈な日々が爆心地のおかげで明るいものになった。

しかし、そんな日々は急に終わりを迎える。
15になる前に母親が亡くなった。
衰弱していくうちに病にかかり、そのまま母は静かに息を引き取った。
泣きじゃくる私を爆心地は子供をあやすように抱きしめながら背中をさすってくれた。

「…葵、お前は俺が守ってやるよ」


その言葉のとおり、爆心地は1人になった私の傍にいつもいてくれた。
父親がいればこんな感じなのかな、と言ってみたら爆心地は苦笑いしていた。




「葵、話がある」

ある日の夜、爆心地が寝る支度をする私に声をかけてきた。
ろうそくにつけた火の灯りを前に爆心地の表情は強張っていた。
私は布団を敷く手を止め、爆心地の向かいに座った。

「もうすぐ…敵がここを見つける」
『…え?』
「街に行って様子を見てきたが、どこかの商人が情報を流していた。元ヒーローが町外れの集落に住み着いてるってな」
『それって…爆心地のこと?』
「おそらくな。姿は隠していたつもりだったが…どこからか漏れたんだろう」

母が言っていた。個性を失っても少しでも敵の脅威となる元ヒーローも狙われる対象だと。見つかれば容赦なく殺される。
嫌な汗が流れ落ちた。
爆心地も元ヒーローだ。
今まで生活が苦しいとはいえ、敵と遭遇することもなく平和に暮らしていたせいですっかり忘れていた。
爆心地は敵に狙われる対象。

「俺は勿論だが、おそらく…お前もその対象に入ってる可能性がある」
『え?』
「俺がお前に関わったことも原因のひとつだが…お前は“個性”を持っている」

情報が多すぎて私の頭はパンクしそうだ。
“コセー”なんて“超人的な力”と母親から聞いたことがあるだけで実際に見たことなんてない。
それが私にもある?

「お前の母親から聞いたことだ。お前の母親も個性を持っていた」
『お母さんが…?』

爆心地は私の母から聞いたことをゆっくりと話した。
私と母は今から15年前、母の個性“タイムスリップ”を使ってこの時代に来たこと。
私には時を遡る個性“タイムリープ”が受け継がれていること。

「まぁ知らないのも無理はない。この時代に個性を持ってるなんて思う方が変だからな」
『じゃ、じゃあ私が個性使ったらまた皆で暮らしてる時間に戻れるの?』

母親がいて爆心地がいた数年前。今でも鮮明に覚えている。
みんなが笑っていたあの日が戻って来るのかもしれないと、私は淡い期待を抱いた。

「…いや、お前の個性は本来いるべき時間軸から15年しか戻れない」
『じゃあ…』
「お前が本来生きている時間軸はここじゃない」

この時代は母が個性を使って飛んできた、所謂未来の世界。
私が個性を使って過去へ戻ろうとすれば、未来へ飛ぶ前の時代で15歳になっている年以前にしか戻れない。

『でもお母さんは…』
「お前の母親は未来へ飛んだ。つまり戻っても母親は行方不明ってことになってるだろうな」
『…そんな…』
「お前には選択肢が2つある」


このまま終わりの見えない敵から逃げ続けるか

元の時代に戻ってこれからくる未来を待つか



決断は私に任せる
そう言って爆心地は立ち上がり家を出て行った。
布団に入ってからも爆心地に言われた言葉が頭の中から離れなかった。


目が覚めると日はのぼりはじめていた。
いつの間に眠りについていたのだろうか。

「爆心地…?」

朝起きればいつもテーブルの近くに座って武器の整備をしているはずが、爆心地の姿が見当たらなかった。
昨日家を出てから帰ってきたような痕跡もなかった。
母が亡くなってから今まで、爆心地が何の連絡もなしに帰ってこないことはなかった。
嫌な予感がする。
今思えば昨日は様子が少しおかしかった気がする。
確かに重大な話だから顔が強張ったりしていたけれど、どこか焦っているような感じがした。

「まさか…もう…」

私は何も持たず家を飛び出した。
曖昧な記憶で森の中を走り、爆心地の家へと向かった。
きっと家に物を取りに帰っただけだ。
美味しいご飯を作って待ってくれてるんだ。
息を切らしながら走っている途中、爆発音がすぐ近くで聞こえた。
振り向くと煙が上がっている。煙の中からいくつもの影が見えた。
そのうちの一つに私は息が止まるかと思った。

『爆心地!』

爆心地が敵と闘っていた。
敵は火を吹いたり、物を浮かせたりと見たこともない超人の力を使っていた。
対する爆心地は片腕に付けた爆破を起こす機械ひとつで戦っている。

「葵!!?」

私の声に爆心地が気づくと、襲い掛かる敵に向けて爆破を起こした。
視界が爆風で遮られる。

「お前なんできやがった!」
『だって爆心地が心配で…』
「ちっ」

爆心地は私の腕を掴むと、その場から遠ざかろうと走り出した。
敵の声が遠くから聞こえるがこのままではきっとすぐに見つかるだろう。
怖くて振り返ることはできず、ただ引っ張られるがまま走り続けた。

どれくらい走ったのかわからない。
爆心地も私も息が荒れ、頭から汗が流れ落ちる。
辺りを見回すと敵はいない。

『もう…大丈夫だね…爆心地…?』

爆心地が木にもたれかかり座り込んだ。
息の荒れ具合が私とは比にならないぐらい激しく、至る所に傷があった。
服は血で染まり、白かったシャツは真っ赤になっていた。

『爆心地!?しっかりして!!爆心地!』
「うっせェ…静かにしろ…見つかるだろ…」
『でも…爆心地…血が…』

今も止まることなく流れ出る血が汗と一緒になって地面に落ちる。

「敵は…完全に…俺とお前を…狙ってる…。お前は…早く…逃げろ…」
『嫌だ!爆心地も一緒に逃げよう!』
「バカか。俺一人なら…なんとでも…なるわ。それに…こうなったのは…俺の…せいだ…」
『何言ってるの。爆心地は何も…』
「こんな世界を作ったのは…俺の…責任…だ…」

爆心地は赤く染まった左腕の袖をまくりあげた。
傷だらけの腕の中にひとつ、最近ついたものではない傷があった。

「高校生…ン時に…やった…傷だ…」

整わない息のまま喋り続けた。
高校生のときの訓練授業で崩れた建物の下敷きになりできた怪我は後遺症が残り、左腕が動かしにくくなったそうだ。
しかしヒーローになるという強い思いで彼は無理をしてその腕を使い続けた。
当然腕は次第に使い物にならないぐらいボロボロになり、その後の訓練授業で敵と遭遇したときに個性が不発し重傷を負った。個性が使えていれば間違いなく捉えられていた敵だった。その敵は後に個性を使えなくするウィルスを生み出し、個性を失った世界になったという。

「俺が…逃がさなければ…こんな…クソみたいな…世界…」
『爆心地のせいじゃない!…何も悪くない…』

感情が抑えきれず私の目には涙が溜まる。
爆心地は流れ落ちそうな涙を手で拭うと少し笑って見せた。

「はっ…子供に励まされるなんて…な…」
『子供じゃない…』
「そうか…。まぁ本来なら…お前は俺と…同じ年…だからな…」

「見つけたぞ!!」

敵の声が聞こえると同時に火が勢いよく襲い掛かってきた。
避けられない。
頭では火がくると分かっているのに体は動いてくれない。
だが体は一瞬宙に浮くと、地面に吹っ飛ばされた。
熱風がすぐ上を通る。

『爆…心地…?』

爆心地が私を押し飛ばし、庇うように覆いかぶさっていた。

「うっ…大丈夫…か…」
『ば、爆心地!背中が…』

先ほどの火で爆心地の背中が変色していた。
見るだけでも痛々しい火傷に私は狼狽えた。
上に覆いかぶさった爆心地はなかなか上からどいてはくれない。

「葵…お前は…いるべき世界へ…戻れ…」
『え…何言ってるの?』
「もしかすれば…こんな未来にならない…かもしれない…俺がへましない未来が…くるかもしれない…」
『嫌だよ…爆心地置いていくなんて…!それに個性だって使えないし…』

爆心地は私を強く抱きしめた。
まるでこれが最後だというかのように。

「大丈夫だ…お前は使える…」
『…だったら…爆心地も一緒に…』
「それはできない…。過去へ…戻れるのは…個性を持つお前だけだ…それに…俺はもう…」

首元にチクッと痛みが走った。
その瞬間、視界が歪み爆心地の手が少し緩んだ。

「お前に会えて…よかった……」

私は意識を失った。

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