▼後編《葵side》


目が覚めたとき、私はふかふかのベッドの上に仰向けで寝ていた。
頭がぼんやりとしていて何が起こったのか分からなかった。

「目が覚めたかい」

声に反応してゆっくりと上半身を持ち上げると、お団子頭のお婆さんが椅子に座っていた。
周りを見渡せば同じようなベッドが置かれていたり、治療用の簡易的な道具が置いてあった。

「あんた学校の前で倒れてたんだよ。大きな怪我もないのに血をべっとりつけてね」
『…血…!!』

次第に森での記憶が蘇ってきた。
敵≪ヴィラン≫に襲われ爆心地が私を庇ってくれたこと。
気を失う直前に私は首元に何か針のようなものを刺され気を失ったこと。

『あ…あの…私だけですか。倒れてたのって…』
「ん?そうだよ。あんた1人倒れてるのを教師が見つけたんだよ」

私ひとりが戻ってきてしまった。
ついさっきまで爆心地といたのに…私は爆心地を置いてきてしまった。
涙が溢れて零れ落ちた。
お婆さんは涙の止まらない私の背中をさすってくれた。母を亡くしたとき爆心地がしてくれたように。
それを思い出すとさらに涙は止まらなかった。


この世界は私がさっきまでいた世界とはまるで違っていた。
ほとんどの人間が超人的な力“個性”を当たり前のように持っていて、敵がいてもヒーローたちが守ってくれている平和な世界だった。
敵に怯え街から外れた森の中のような場所で暮らす生活なんてない。


「調べさせてもらったが、お前の言うとおり母親は15年以上前に行方不明になっている。個性も時間跳躍と記録が残っていた。首元の傷痕から個性強制発動の薬が投与された可能性もあるとのことだ」

この世界で目が覚めてから、私を発見した相澤という人にいくつか質問され私の身元を調べられた。
その後も未来での出来事やこの時代に戻ってくるときのことを色々と聞かれたが、私は大まかなことしか口にしなかった。
この人たちがまだ信用できなかったこともあるが、あの出来事を口にしてしまえば、爆心地が死んでしまったことを認めてしまうと思った。

「当面、君は雄英で保護することになった」
『雄英…』
「個性が希少なのもあるからな。それに君の言った未来も気になることが多い」

雄英。
そういえばいつの日か爆心地が話してくれた。
ヒーローになるために雄英高校のヒーロー科に通っていたと。

“まぁ本来なら…お前は俺と…同じ年…だからな…”

爆心地の言葉が脳裏をよぎった。
雄英に通っていて私と同い年だとすれば、もしかすればここにはヒーローになる前の子供の頃の爆心地がいるのではないか。

「普通科に編入が安定か…希望はあるか」
『あ、あのっ…ヒーロー科…がいいです』

私は無理を言ってヒーロー科へ編入をさせてもらった。
混乱と個性の詳細を知られないために普通科から編入してきた、という設定をつけられた。

数日後、私は相澤先生に連れられてA組にやってきた。
本名も子供の頃の顔も知らない。
けれど教室に入ってクラスを見渡した瞬間すぐにわかった。
シャンパンゴールドの髪に赤い瞳の彼を見つけ、目が合った。

『爆心地…』

思わず口に出してしまった。
若い頃の爆心地だったが久しぶりに会った気がして涙が出そうになった。
この日から私は決めたんだ。
君を死なせない。君の未来も平和な時代の未来も守るって。


***

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