▼中編《爆豪side》


あの事故の日から数日が経った。
如月の怪我は少し痕を残しながらも順調に回復し、腕を固定していたバンドも包帯も無くなっていた。
初めから明るい性格だからか、クラスにもかなり馴染んでおり、煩いぐらいににぎやかだった。
訓練施設もすべての点検が終わり、ようやく訓練授業が行えるようになった。

『爆豪くーん!勉強教えて!』
「嫌だわボケ」
『ひっどい!怪我した時あんなに優しかったのに!』

相変わらずヘラヘラした態度で俺につっかかってくる。
大して頭が悪いわけではないのに、休み時間になると何かと理由をつけてやってくる。
最初の頃はうっとおしくて仕方なかったが、慣れとは恐ろしいもので今ではつっかかってくることが日常の一部になっていた。


「爆豪ってさ、如月のこと好きだよな」

ある日アホ髪が呟いた。
如月は他の女子たちと楽しそうに会話をしていて今この場にはいない。

「あ″?何ほざいてんだ。アホなのは顔だけにしとけや」
「酷っ!だって本当だろ。爆豪、如月だけには優しいじゃん。たまに辛辣だけど」
「俺は誰にでも優しいだろうが」
「お前自己評価どんだけ甘いんだよ」

“好き”なんて今まで生きてきた中で意識したことは無かった。
興味すらなかったし、どうでもよかった。
けれどその言葉を聞いてから、どうしてだか如月の顔を見ることができなくなった。

『あれ、爆豪くん顔赤いよ?熱でもあるの?』
「気のせいだわボケ!」

話しかけられれば急に体中が熱くなって、鼓動が今までに感じたことのないくらい早くなる。
認めたくはない。
けれどそう思えば思うほど、その感情は確かなものになっていく。
何度もアホ面が言った言葉が頭の中でリピートされる。

「好き…か」
『え?好き?』
「んっ!!?」

教室で周りに誰もいないと思い呟いたが、いつの間にか目の前に如月が寄ってきていた。
驚きのあまり、出したこともないような変な声が喉の奥から出た。

『私も好きだよ』
「はっ?」
『訓練授業。座学より体動かす方がやっぱりいいよね!』

模範的な解答に俺は少し肩を落とした。
如月は以前怪我をしたというのにも関わらず、毎回訓練授業を楽しみにしていた。
ペアを組む必要がある授業は決まって俺と一緒になるし、グループを組むときも必ず誘ってくる。
その度にクソ髪やアホ面から冷やかすような目で見られた。ムカついて何度か爆破したが。
何度かペアを組んだり一緒にいるうちに如月を好きという気持ちとは別に、気になることもあった。

如月が個性を使っているところを一度もみたことがない。

たまに大まかな予知を口にすることはあったが、いつ個性を使ったのか分からないぐらい使う素振りをみせなかった。
本人に聞いてもうまくはぐらかされ、結局は謎のままだった。



「今日はここでそれぞれの個性を伸ばす訓練を行う」

教師に連れられてきた場所はUSJに匹敵するほどの複合施設だった。
色んな地形があり、それぞれの個性に適した場所が用意されていた。

『じゃあ私はあそこの高台でやろっかな!見晴よさそう』
「…俺がそこ使うからお前余所いけや」
『えー?何でよ!私が先に取ったんだけど』
「お前がいっつも俺の行くとこ行くとこ取るだろうが。たまには譲れや」

最初に怪我を負ったときから常に如月は俺が選択する方を横取りしてくる。
今日は珍しく如月から場所を選んだため、子供みたいだがたまには横取りしてやろうと先に高台へ上った。
如月も諦めたのか離れた場所で座り込むと目を閉じて瞑想を始めた。
前に聞いたが、未来を見るために集中力を高めるという訓練らしい。ちゃんと効果が出ているのかは謎だが。

それぞれが個性伸ばしの訓練をしているとき、突然入口近くから黒い渦が現れた。
真っ先にそれに気づいたのは入口付近で生徒を見ていた相澤先生だった。

「全員下がれ!!」

USJのときの記憶が蘇った。
あのときと同じだ。黒い渦から敵が次々と現れる。
だが敵はUSJのときと比べ物にならないくらい素早く、相澤先生の脇を何人もすり抜けていく。
相澤先生も目の前の敵だけで精一杯ですり抜けていく敵にまで対応が追いついていなかった。
死柄木の姿は見当たらなかったが、敵の数が以前よりも遥かに多い。

「爆豪!大丈夫か!」

近くで訓練していたクソ髪が走り寄ってきた。
他のやつらも襲い掛かってくる敵と戦闘をしていた。
入口から一番離れたこの高台には未だに敵は来てはいない。

「爆豪、どうする…」
「あんな雑魚なら俺らにでも片づけられるだろ」
「…だな。ひと暴れするか!…っていうか如月はどこいったんだよ」
「は?」

さっきまで視界の端にいたはずの如月の姿がどこにも見当たらなかった。
敵はここまで来ていない。襲われた可能性は低い。
嫌な予感がした。

「アイツまさか…」

予知を使ったのではないか。
俺はクソ髪を放置して爆風で敵がいる方向へ向かった。
固まって交戦しているところには如月の姿は見あたらない。
無策に襲い掛かってくる敵を爆破で叩き落としながら、探し続けた。
最初の訓練で瓦礫に埋もれた如月が脳裏に浮かんだ。

「如月!返事しろ!如月!」

色んな音が鳴り響く中、俺は無我夢中で如月の名前を叫んだ。

水辺のエリアの近くを通りかかったとき、一発の銃声が耳に入ってきた。
いろんな音が混じっていたはずなのに、その音だけが鮮明に聞こえた。
爆風を止め、地面に足をつけ目をやるとそこには探し続けていた如月の姿があった。
その向かいには銃を構えるひ弱そうな男の敵が1人。
如月は崩れ落ちるように倒れた。

「如月…!」

気づけば俺は銃を構えた敵を爆破で攻撃をしていた。
男は銃を落としその場に倒れ込んだ。

「如月!しっかりしろ!…っ!!」

血まみれの如月を抱え、敵に見つからないよう物陰になったところへ移動した。
如月の肩や太ももから血が溢れだし止まらない。
助けを呼ぼうにもどこに敵がいるか分からないうえに相澤先生もきっとまだ手が離せない状況だ。
頭をフル回転させても焦りで何も思い浮かばない。

『大…丈夫…。すぐ…ヒーローが…くる…』
「如月!』
『爆豪くん…無事で…よかった…』
「お前…また何言ってんだよ…やっぱりお前…予知してんじゃねぇェか…!」

如月はうっすらと笑ってみせた。

『これで…守れた…かな…』
「もう喋んな!すぐにリカバリーガールのとこ連れてってやるから」

荒い息のなか如月は喋り続けた。

『私…ね…、予知…なんて…できないんだ』
「…は?」
『…普通科…から来た…のも…嘘。…ほんとは……』

俺は言葉が出てこなかった。
小さく今にも消えそうな如月の言葉がはっきりと耳に入ってきた。







『…未来からきたんだ……』





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