▼中編T


***

朝、美味しそうな匂いが鼻に入り目が覚めた。
体を起こそうとすると頭が少し痛い。
まだ完全に目の覚めないままベッドから降りリビングへ向かった。
テーブルの上にはトーストとスクランブルエッグとサラダがラップをかけられて置かれていた。
その近くに一枚の紙が置かれていた。

“鋭ちゃんへ
おはよう。よく眠れたかな?
朝ごはん作ったからお腹空いてたら食べてね。
一応二日酔いの薬も置いておくので、酷かったら飲んでください。
葵より”

テーブルの上には二日酔いの薬もしっかりと置かれていた。
今日は彼女が出勤で、俺が1日休みの日。
仕事があるというのに朝ごはんをちゃんと用意してくれて、本当に俺にはもったいない人だ。
時計の針は10時をまわっていた。

(朝昼兼用だな…)

かけてあったラップをとり、トーストを口に入れた直後だった。
寝室に置いてあったスマホの着信音が鳴った。
急いで立ち上がり、スマホを手に取り画面を確認すると上鳴電気と表示された。

「もしもし、上鳴?」
「切島スマン!人手が足りなくて手貸してくんねェか?!」

上鳴の少し息を切らした声からして、おそらく敵を追っているのだろうか。

「わかった。今どこだ」

通話を切ると、食べかけのトーストを口の中につっこんだ。
用意してくれた朝食を全部食べきれないのが残念だが仕方がない。
残りは再びラップをかけ直し、冷蔵庫へと入れた。
その後、冷たい水で顔を洗い目を覚まし、ヒーロースーツへ素早く着替え家を出た。



現場に着くと思ってた以上に状況は最悪だった。
既に近くの住民は避難を終えていたが、出向いていたヒーローのほとんどが負傷していた。

「こっちだ」

物陰に隠れていた上鳴を見つけ、隠れながらも合流をした。
上鳴も顔や腕などに傷を負っていた。

「敵は?」
「1人だ」
「1人!?」
「びっくりだろ…小柄な奴だったから油断した。パトロールの最中に襲われたんだ」

話によれば上鳴ともう一人のヒーローが見回りをしていると、背後から急に敵に襲われたらしい。
しかもたった1人に。
近くを通りかかったヒーローも加わり交戦したが瞬く間に全滅した。

「それで個性は?」
「詳しくはわからねぇ。でも…戦ったヒーロー全員が急に個性が使えなくなった」
「…厄介だな。もし、個性を使えなくする個性だったら…」
「話は終わったか?」
「!!?」

知らない声が頭上から聞こえた。
顔をあげると同時に頭上から無数の金属片が降り注いだ。
咄嗟に上鳴を突き飛ばし、個性で体中を硬化させる。

「いい個性してるね。君」

降り注いでいた金属片が止むと、声の主は目の前に立っていた。
上鳴の言っていた通り小柄な人間だった。
全身に黒い服を纏い、首元はマフラーのような長い布を巻きつけ、顔には仮面をつけている。
そのせいで男か女かも年齢もわからない。
声もどちらとも取れる忠誠的な声。これが地声なのかも分からない。

「あれ…俺ら助けにきたヒーローの個性だ」
「!!」
「次は君の個性を頂戴しようか」

敵の動きは素早かった。
両手を合わせると、地面に散らばっていた金属片が鋭い刃に形を変えた。
硬化していなければ体を貫かれていただろう。

「こんなもん俺には通用しねぇ!!」

両手を顔の前でクロスし硬化したまま刃になった金属片の中を突き進んだ。
腕に力を込め敵に殴りかかる。
軽々と避ける敵は次々と金属片を操り攻撃を仕掛けてくる。

「無駄だって言って…!」
「切島!!」
「ふふふっ」

金属片は俺の体を押さえつけるように伸びていた。
身動きの取れなくなった状態で、腕を刃にぶつけるも先ほどより金属の強度が強まったのかびくともしなかった。
それは俺だけではなく、上鳴も同じような状況に陥っていた。
敵はゆっくりと上鳴に近づく。

「先にコイツから始末しようか」
「やめろ!!」
「くっそが…」

敵の手が上鳴に触れたとき、遠くからサイレンが聞こえてきた。

「あーあ。他のヒーローが集まってきちゃったか…」

流石にこれ以上を相手にするのは無理と判断したのか、敵はあっさりと上鳴から手を引いた。
そして俺の前にくると耳元に顔を近づけた。

「今度は2人だけで戦おう。近いうちにその機会はきっとくるからさ」

その直後、体に痺れる激しい痛みが走った。
押さえつけられた金属片を伝って流れた電流が俺の意識を奪っていった。



***

「ん…あれ…俺…」

真っ白な天井が視界に映った。
ぼんやりとした視界は次第にはっきりとしていく。

『鋭ちゃん!気が付いた!?』
「…葵?」

視界に映っていた真っ白な天井を遮るように葵の顔が映り込んだ。
安心したのか葵は俺に抱きついてきた。

『よかった…敵に襲われたって…連絡きて…びっくりして』
「わ…わりぃ。心配かけたな」
『ううん。無事でよかった…』

ようやく身に起こったことを思い出した。
敵と交戦して、奪ったのか真似をしたのかわからないが上鳴と同じ電気の個性を使われて俺は意識を失ったのだ。
顔を横に向ければ隣のベッドで頭に包帯を巻かれた上鳴が寝ていた。
話を聞けば上鳴も他の倒れていたヒーローも命に関わるような傷は負っていないらしい。
俺も電流を浴びはしたが、さほど大した怪我はなく体を動かすのにも支障は全くなかった。


「このあと事情聴取受けるけど…」
『ん?』
「あー…待っといてくれねぇか。まだ敵も捕まってねぇし、1人で帰すの心配だからよ」
『わかった。でも鋭ちゃんも怪我してるんだから無理はしちゃだめだよ』

敵の行方は今も他のヒーローや警察が追っている。
だが何の手がかりもなく見つけることは困難だろう。
それに最後に敵が俺に言った言葉が頭から離れない。

“「今度は2人だけで戦おう。近いうちにその機会はきっとくるからさ」”

それほど目立つ個性でもない俺に目をつけたのかは分からないが、言葉通りの意味ならばきっと敵は俺に接触してくる。
事情聴取を終え部屋から出ると、気づいた葵が笑顔で寄ってきた。

「わり、待たせた」
『全然!もう大丈夫なの?』
「あぁ。今は警察と他のヒーローが捜査してくれてる」

俺が狙われているかもしれないことは彼女には言わなかった。
これ以上心配をかけたくなったし、彼女を危険な目にあわせたくなかった。

『なんか久しぶりだね。こうして一緒に歩くの』
「確かにな。最近忙しかったしな」
『あ、そういえば今度近くの海で花火大会あるんだって!見に行こうよ』
「それいいな。休みなんとか調整してみるわ」
『やったー』

無邪気にはしゃぐ彼女を見ていると、さっきまで病院で倒れていたことさえ忘れてしまう。
家への帰り道、日は暮れていて辺りは真っ暗で、街灯の光が俺達を照らしていた。
ふと彼女と目が合った。
時が止まったかのようにじっと互いの目が合って離れない。

『どうしたの?』
「あ、あのさ」

俺が何かを言おうとしたのを察したのか彼女が先に問いかけてきた。
咄嗟に言葉を発したが、その続きが喉の奥でつっかえて出てこない。
首をかしげて俺の言葉を待つ彼女。

「いや…明日も仕事だろ、敵も逃げてるし気をつけろよって…思ってさ」
『大丈夫だよー。私が無個性だからって心配しすぎだよ!私逃げるのは早いんだからね!』

喉の奥につっかえていた言葉は吐き出されることなく、また奥へと沈んでいった。
言いたかったことはこれじゃない。
心配しているのは確かだけれど、本当に言いたかった事が言えないまま彼女と並んで帰った。


(次こそ…ちゃんと葵に本音を聞いてプロポーズするんだ…漢らしく…)


***


あと少し

待っててねー…

あなたのために成し遂げてみせるから


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