▼中編U


例の敵(ヴィラン)との交戦してから2週間が経った。
未だにあの敵は捕まっていない。
それどころか足取りが完全に途絶えてしまい、警察もヒーローも捜査は滞ってしまった。
敵の個性もあやふやなまま正体は分からなかった。
とっくにこの辺りから離れてしまったのか、それともまだ潜んでいるのか。

いつものように見回りをしているとき、スマホの着信音が鳴った。
画面には如月葵の名前があった。
いつもならメッセージアプリを使ってくるはずが、珍しくメールで送られてきていた。

「!!!」

メールを開いてみた瞬間、言葉を失った。

《烈怒頼雄斗
 お前の愛する者の命を預かった。
 返してほしければ指定する場所まで1人で来い。
 守れなかった場合この者の命はないと思え。…》

葵を誘拐したという内容だった。
頭が真っ白になった。
2週間、何もなかったからと油断していた。
事件のあったあの日、まだ敵が近くに潜んでいて俺と葵が一緒にいたところを見られていたとしたら、狙われる可能性は大いにあった。
それに葵は無個性だ。一人にしてはいけなかった。
何やってんだ俺は。
敵への怒りと自分への苛立ちが募る。

両手で頬を挟むように叩いた。

(考えるのは向かいながらだ!)

指定された場所を確認すると、スマホを握りしめ走り出した。
そもそも何故俺に目をつけたのだろうか。
爆豪のようにトップヒーローと言われる程でもないうえに個性だって派手じゃない。
個性で言えばあの日同じ場所にいた上鳴の方が派手で目立つはずだ。
何か、何か引っかかる。

走り続け辿り着いたのは人気のない廃れた工場跡のような場所だった。
崩壊した建物で囲まれた1つの建物の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、背後から殺気を感じた。

「きたか…烈怒頼雄斗。いや…切島鋭児郎」
「やっぱりお前か…」

現れたのは2週間前の敵だった。
あの時と同じ格好で、顔は隠れて見えない。

「葵はどこだ。葵を返しやがれ!」
「そんなにあの子のことが大事なんだ」
「当たり前だろ!あいつに手出してみろ…ただじゃすまさねぇぞ」

敵がクスッと笑った。
その直後、あの時と同じように素早い動きで向かってくる。
すぐに硬化を発動させてガードする、はずだったのだ。

「なっ…」

個性が発動しなかった。
その代わりに向かってきた敵の腕が硬化されていた。
突き出される硬化された腕を間一髪のところで避けると、近くに落ちていた鉄の塊を盾に攻撃をかわした。

「君の個性、なかなか使い勝手いいね」
「テメェ…やっぱり個性を盗んでたのか…」
「そうだよ。相手の個性を盗んで使うのが戦い方なんだよ」

個性が盗まれた以上、圧倒的に不利な状況になった。
葵の居場所も分からないまま、コイツを倒さないといけない。

「なんで俺を標的にしてんだ」
「…ヒーローが憎いから」
「は?」
「助けてくれない癖に…正義のヒーロー気取りして…」

呟くような小さな声だった。

「自分より弱い無個性の女を隣に置いて、自分は強いと思い込んでるだけのくせにさ」
「黙れよ…お前。葵の事何も知らねェくせに知った口きくんじゃねぇ。
 アイツは…葵は俺なんかよりずっと強いんだよ。
 辛くても笑って傍にいてくれる。誰よりも優しくて強くていつも支えられてきたんだ」
「…生意気だな」

敵は再び俺の個性を使い突進してくる。
硬化された腕の硬さは自分が一番よく知っている。
素手で受け止めることは不可能だ。
連続で繰り出される硬化された拳。
俺はそれを鉄の塊で防ぐので精一杯だった。

「ヒーローが聞いてあきれる。敵に個性を盗まれた挙句に殺されるなんてな」
「んだと…」
「君の愛しい彼女もすぐにあの世に送ってあげるよ」
「テメェッ!!」

葵の名前を出され、殺すと宣言され一気に頭に血が上った。
個性が使えないということを忘れ持っていた鉄の塊を敵に投げつけ拳で殴りかかった。
拳が当たる直前、受け止めようとしたのか敵の手をかすり、抜けた俺の拳が硬化し、敵の腹を貫通した。

「ぐはっ…」
「なっ…」

勢いよく口から吐き出た血。
腹を貫通した拳は敵の血で塗れた。
敵は俺の腕を掴み腹から引き抜いた。
思ってもいなかったことに動揺して俺はその場を動くことができなかった。
血を吐き出しながらよろけ、後ろの柱に背を預けるように敵は崩れ落ちた。

「おい!!しっかりしろ!……え?」

慌てて近寄って俺は目を疑った。
血を吐き出した勢いで、首元に巻かれていた布は外れ落ち、目元につけていた仮面も地面に落ちた。
ずっと引っかかっていた何か。
それがようやくわかった。
仕草や声の感じ、ほんの少しだけ同じだったんだ。

「葵…?」
「ははは…ばれちゃったね…鋭ちゃん…」


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