▽後編


敵の恰好をした葵は口から血を吐き、腹からも大量に血を流していた。
どういうことだ。
葵は敵に捕まっていたはずだ。
なのに今さっき俺と戦っていた敵が葵なんだ。

「なんで葵が…敵に…」

頭が追いつかず動揺する俺を見て、葵は小さく笑った。

「あなたに……復讐する…ためよ」
「復…讐?」


***


今から数年前。
まだ鋭ちゃんと出会うずっと前、私には5つ上の血のつながらない兄がいた。
親に捨てられ物を盗むことでなんとか生きていた私を兄は拾ってくれたのだ。

「もう盗ったらダメだぞ」
『…何で助けてくれたの』

物を盗っているところがバレ、警察に突き出されそうになったところを彼は自分の妹だと謝り、お金を支払ってくれた。
全く知らない私をどうして助けてくれたのか不思議でならない。

「君が困ってたから。困ってる人は放っておけないよ」
『…余計なお世話』
「ははは。余計なお世話はヒーローの本質だからね。誉め言葉としてとっておくよ」

変な人。
最初の印象はそうだった。
ヒーロー活動をしているという彼は仕事の合間に私に勉強や普通の生活の仕方を教えてくれた。
一緒にいるうちに本当の兄妹のようになった。

『お兄、そろそろ彼女作ればいいのに。婚期逃すよ』
「うっせ。俺はヒーロー活動で忙しいんだよ。お前こそ早く男つくれよ。まぁお前のその男勝りな性格じゃあ無理か」
『はぁ?!私なんて本気出せば男彼氏なんて簡単にできるし』

喧嘩もよくしたけど、毎日が楽しかった。
兄のように思っていたけれど、私は兄を少しだけ恋愛感情の好きの対象として見ていた気がする。
これから先もずっと一緒に過ごしていくんだと思っていたー…あの日までは。

事件が起きたのは3年前。
複数の敵が町で暴動を起こし、町はパニックに陥った。

「葵!ここは危険だ!はやく安全な場所へ避難するんだ」
『お兄は!?お兄はどうするの!?』
「俺はヒーローだから。敵と戦ってるヒーローの加勢にいってくる」

兄の手を握りしめたときだった。
私たちを大きな影が覆い、顔をあげれば建物が崩れ落ちてくるところだった。

目が覚めたとき、私は崩れ落ちた建物の瓦礫の隙間に倒れていた。
なんとか体は動かせるが、瓦礫が重すぎてその場から動くことができない。

「大丈夫か…葵」
『お兄…?』

声のした方になんとか顔を向けると、すぐ近くに兄がうつ伏せで倒れていた。
私と違って兄は頭から血を流し、下半身は完全に瓦礫に埋まっていた。

「大丈夫そうだな…怪我、してねぇか」
『私は大丈夫。でもお兄が…』

身動きが取れない状況に追い打ちをかけるように、黒い煙が辺りに立ち込めた。
周りの空気も熱く、喉が今にも焼けそうだった。

「火災まで…おきてるのか…」
『お兄…どうしよう…』
「大丈夫だ。すぐになんとかなる」

燃える音と爆発する音、敵の騒ぐ声、いろんな音が耳に入ってくる。
その度に不安が私を襲う。
だんだん煙に包まれて暗くなっていくなか、頭上から一本の細い光が差し込んだ。

「おい!大丈夫か!!」

失いかけていた意識は、その声で取り戻した。
瓦礫の隙間から赤い髪が見えた。
重い瓦礫がどかされていく。瓦礫がなくなる度に新しい空気が入ってくる。
それと同時に辺りが火に囲まれている風景が目に映った。

「しっかりしろ!もう大丈夫だからな!」
「烈怒頼雄斗!!すぐに離れろ!!もう崩れるぞ!!」
「はい!」

赤髪の烈怒頼雄斗と呼ばれた男は最後の瓦礫をどかし、私を抱え上げた。

『待って……まだ…お兄が…』

私はかすれた声で指を差した。

「なっ…まだ残された人がいたのか…!」

周りは完全に火の海で、燃えているすぐ近くの家は今にも崩れ落ちてきそうだった。
兄の上にある瓦礫はどう考えても男1人ですぐにどかせる大きさでも量でもなかった。
近くで別のヒーローが撤退するように叫んでいる。

「くそっ…」

私をその場におろすと、烈怒頼雄斗は兄に駆け寄った。
何かを会話したあと私のもとに戻ってくると再び抱え上げた。
私の記憶があるのはここまでだった。

目が覚めたとき私は病院のベッドの上にいた。
そして兄が亡くなったことを聞かされた。
信じられなかった。
確かにあの時、兄は目の前にいたのに。
ヒーローは…烈怒頼雄斗は兄を助けずにその場から立ち去ったのだ。

その日から私の中にあるのはヒーローに対する憎しみだけだった。



***


「俺に…復讐するために近づいたのか?」
『よく漫画やドラマであるでしょ…死より辛い思いをさせるには…愛した者を…その手で殺させるって…』

彼女の顔色がどんどん悪くなっていく。
腹から流れ出る血も止まることなく流れ続けている。

『大変だったんだからね…気の利く理想の彼女を演じるのも…やっとお兄のもとへ…いけるんだ…』
「…ふざけんなよ…殺すなら…俺を殺せばよかっただろ…」
『言ったでしょ…死より辛い思いをさせる…一番の方法だって…』

俺の目に涙が溜まる。
自然に震え声になる。涙が頬を伝って流れ落ち、葵の手の上に零れ落ちた。

『ヒーローが…助けられない事だってある…ことぐらい…わかってる…けど…私には…復讐しか…なかった』

今にも聞こえなくなってしまいそうな弱弱しい声。
瞼もゆっくりと閉じていく。

『でも……誤算だったなぁ…』
「…葵?」
『演技だったのに…憎いはずなのに……毎日が楽しくて……いつからか…あなたに嫌われたくないって…思い始めちゃったんだ……』

彼女の目にも涙が溜まり、頬を伝って流れ落ちた。
それと同時に彼女は目を閉じた。

「葵!!!!?」



***



『んっ……』

目を開けると見覚えのある白い天井。
独特な雰囲気と匂い。
すぐにわかった。ここが病院だと言う事が。

『生きてる…?』
「目が覚めたか。葵」

ベッドのすぐ傍で聞きなれた声がした。
顔を覗き込んできた彼は、ホッとしたような安心した顔をしていた。

『なんで私生きてるの。あそこで死ぬ予定だったのに』
「そう簡単に死なせるかよ。つーか死なれると困る」

病室には彼以外誰もいなかった。
あのとき、最後に私は彼に触れて個性を返して腹を貫かれて死ぬはずだった。
なのに今こうして生きている。
計算がだだ狂いだ。
死ぬと思って最後にいらない一言まで言ってしまった。
けれども何故だか悔しいといった感情はなくて、反対に気が楽になっていた。

『…警察は?私、捕まるんでしょ』
「捕まらねぇよ。今回は不慮の事故ってことで処理されてるし」
『…は?何言ってるの。私はあなたたちを殺そうとしたのよ』
「殺してねーじゃん」

彼の言葉にドキッとした。

「確かにヒーローたちの個性を奪って怪我をさせた。けど最後には全員に個性返してただろ」
『……それは…』
「殺すつもりならわざわざ盗んだ個性返さないだろ」

最初に彼と交戦した日、彼に会う前にヒーローに囲まれてしまった。
上鳴と少し交戦して、近くにいるであろう彼を呼び出すための作戦だった。
仕方なく一番使えそうな個性を盗みヒーローを気絶させていった。
このまま個性を盗んだままでいるつもりだった。
けど、頭のなかで兄の声が聞こえたのだ。

“「もう盗ったらダメだぞ」”

だから私は去り際に個性を返した。
ただそれだけだ。

「あの日…お前の兄ちゃんに頼まれたんだよ」
『え…?』

“「俺の事はいい。早く逃げないとお前も無事じゃすまないぞ。
 俺はヒーローとしてここで最期を遂げる。だからこいつを…葵を頼む。烈怒頼雄斗」”

「病気…持ってたらしい。そう長くは持たないって言われてたんだとよ」
『そ…そんなわけない!そんなこと1度も言ってなかったし…元気だった…』
「葵が悲しむから言えなかったんだとよ」

兄が死んでから初めて知らされたこと。
私の目にはまた涙が溢れる。
兄が望んで助けを断ったことも、兄が病気だったことも、彼に私を頼んだことも何一つ知らなかった。

『私は…何のために今まで生きてきたの…復讐なんて…間違ったことのために…』
「…俺と生きるためだろ」

顔をあげると彼は私をじっと見ていた。
少しだけ照れたように頬を赤くしていた。

「葵、俺と結婚してくれないか」
『…え?』

言われることのないと思っていた言葉だった。
復讐のために彼女の演技をして、彼にプロポーズさせようと画策していたことは確かにあった。
けれど本性を知った今、絶対に縁すらも完全に切れる覚悟をしていたのに。

『本気で言ってる?私、あなたの思っているような人間じゃないよ?今までのは全部演技なんだから』
「知ってる。だから余計に言おうって思った」

意味が解らなかった。
彼は懐から小さな箱を取り出した。
仲には小さな宝石のついたキレイな指輪が入っていた。

「今まで俺も不安だったんだよ。葵、何やっても怒らないしさ…俺に言えないことあるんじゃないかって」

私の手をとり、薬指に指輪をそっとはめた。

「葵言ったじゃん。毎日が楽しかったって。俺に嫌われたくないって」
『っ…!』
「それ聞いてさ、やっと本音が聞けた気がしたんだよ」
『…いいの?私、口悪いしめっちゃくちゃ我が儘だよ』
「うん。わかってる」
『めっちゃヤキモチ妬くからね。男相手でも』
「それ嬉しい」

彼は私の両手を握った。
私の手よりも大きい手に包まれ、ドキドキが伝わってくる。

『…か、覚悟しときなさいよ』
「おう。…葵、愛してるぜ」

そっと目を閉じるとやわらかい唇が重なった。

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