君だけだった(心操)


「洗脳って怖いよね」


そう言われるのは慣れっこだった。
悪いことし放題だとか昔からよく言われたし、敵向きの個性だなんて陰で言われてきた。
俺の個性を知ると皆近寄らなくなる。
だから俺はいつも1人でいることが多い。
雄英に入ってからもそのつもりだった。


だけど


『あなた名前は??』

初登校日、隣の席に座った女子生徒に突然話しかけられた。

「…心操人使」
『心操くん!私は如月葵!よろしくね』

彼女はニコニコしながら右手を差し出してきた。
俺が手を出すのを待っているようだった。
けれども俺はその手を無視して彼女から視線を外した。

きっと最初だけ。

俺の個性を知れば、この子も俺に笑顔を向けることも話しかけることもしてこなくなる。
変に期待して仲良くなったところで、嫌な思いをするくらいなら初めから馴れ合わなければいい。
そう思っていた。

机の上に置いていた右手が急に引っ張られた。

『無視しない!傷つくじゃん!』
「…知らないし。仲良くなるつもりないし」
『えーなんで?!私は心操くんと仲良くなりたいのに』

子犬のような目で俺を見てくる彼女は俺の手を握って離さない。
握られた手に力を入れて無理矢理振りほどいた。
これ以上馴れ合う前に言ってしまった方が早い。

「俺の個性、洗脳なんだよね。だからあんたも洗脳されちゃうかもよ」

クラスメイトを勝手に洗脳したりはしない。
けどこう言えば皆自分から距離を置くようになる。
だから彼女もきっと

『洗脳!?すごいね!それじゃぁ敵とか一瞬で捕まえられるじゃん!ヒーロー向きの個性だ!』
「は?」

彼女は目を輝かせて俺の前に立った。
その目を見ればわかる。
嘘を言っていないと。
ヒーロー向きの個性だなんて初めて言われた。
俺の心臓が音が聞こえそうなくらい急に早く動き出す。

「だから俺の個性であんたを洗脳…」
『洗脳する時は私を助けてくれるときでしょう?』
「え?」

彼女から返される言葉は、今までどの人から返される言葉とも違った。
その言葉になんの含みもない真っ直ぐな言葉。

「…わかんないだろ。俺が悪用するかもしれないし」
『わかるよ。だって心操くん悪い人には見えないもん』
「なんで言いきれるんだよ」
『んー…直感!』

笑顔を向けられる度に俺の心臓はまた一段と早く動き出す。
その日以来、彼女は毎日俺に話しかけてくる。
俺と話す人は大体構えて話すのに、彼女は…葵だけは違った。
誰にでも平等で優しくて、明るい性格の葵。
いつの間にか俺は葵のことを目で追うようになっていた。


「もうすぐ体育祭だね。心操くんは出るんだよね?」

授業が終わった放課後、葵と並んで帰り道を歩いていた。

「あぁ。葵は出ないのか」
『私は戦闘向きの個性じゃないから出てもすぐ負けちゃうよ』

笑いながら彼女は答える。
詳しく個性を聞いたことは無いけれど、たしか人の嘘を見抜けると言っていた気がする。

「じゃあ当日暇だな」
『別に暇じゃないよー。応援頑張るんだから!心操くんも応援してるんだから!』

ー心操くん“も”

些細な言葉が引っかかった。

「他も応援するのかよ。…まぁいいけど」

いいわけじゃない。
本当は他のやつの応援なんかしてほしくない。
俺だけを応援してほしかった。
顔をあげれば少し複雑そうな彼女の顔があった。

『私ね、体育祭終わったら告白しようと思うんだ』
「…は?急だね。誰に?」
『ヒーロー科の人』

少し照れながらも言った葵の頬は少し赤かった。
知らなかった。いや、ずっと一緒にいたから思いもしなかった。
葵に好きな人がいたなんてこと。
聞き出そうとしても、ヒーロー科のやつということしか教えてくれなかった。
いつ会った。いつ好きになった。向こうはどう思ってる。
頭の中がそのことでいっぱいになった。
自惚れた話かもしれないけれど、クラスの中でも俺は葵と1番仲がいい自信があった。
毎日たわいないことだけど喋っていたし、帰りも一緒だった。
少しだけ俺に気があるのではないかとも思ってしまった。
だけど現実は違った。
葵は俺の知らないところでヒーロー科のやつと出会って、話して恋に落ちていた。
胸が締め付けられるように痛い。苦しい。

相手がどんなやつか気になって、探りを入れるのも兼ねて体育祭前にヒーロー科へ宣戦布告をしに行った。
分かっていたことだが、ただ見ただけでは誰が葵の想い人かなんて分かるわけなかった。
普通科の教室へ帰れば葵がいつものように話しかけてくる。
葵に好きな人がいるとわかった日から俺は葵と今までのように話すことができなかった。
俺の態度が変わったことに葵もさすがに気づいているはずなのに、それでも葵は前と変わらず接してきた。
それが逆に苦しかった。


結局葵の好きな人は分からないまま体育祭当日を迎えた。
今日が終われば葵は誰ともわからないヒーロー科のやつに告白しにいく。
ずっと俺の胸は締め付けられたまま。
いっそ葵を洗脳して告白を阻止してしまおうか。
なんて思いもしたけれど、出会った日に言われた葵の言葉が蘇り、一瞬でもそんなことを思った自分を殴りたくなる。

『心操くん頑張ってね!』
「…あぁ」

その言葉、ヒーロー科のやつにも言ってるんだろ。
俺はそいつの次なんだろ。

口には出せなかったがどんどんと見苦しい感情が溢れて止まらなかった。
こんな嫉妬に塗れていることを知ったら、葵はきっと幻滅する。

モヤモヤを抱えたまま体育祭の終盤の競技を迎えた。
トーナメント戦で最初に当たるのはヒーロー科の緑谷出久というやつ。
もしかするとこいつかもしれない。
なんて思いながら客席をみれば、葵は祈るように手を握って場内を見ていた。
ヒーローになる為にここで負けたくないという気持ちはもちろんある。
けどそれと同じくらいに葵を取られたくないという気持ちがあった。
ここで負ける訳にはいかない。

そう意気込んでいたのに


俺は負けた。


かっこ悪いところを見せてしまった。
悔しさで客席へ真っ直ぐ帰ることができなかった。
下を向いて歩いていると、視界に誰かの足が入り込んだ。
顔をあげるとそこには

「…葵」

今、1番会いたくない人。

『お疲れ様。かっこよかったって言ったら心操くんは怒るかもしれないけど…でも本当にかっこよかったよ』

久々にみた葵の笑顔。
何度も向けられたその笑顔は体育祭が終われば俺に向けられることもなくなるのだろうか。

嫌だな。それ。

『えと…心操くん怪我の手当とかまだだよね。ごめんね足止めさせちゃって。じゃあね』

振り返り小走りで去っていく葵。
かっこ悪い俺。
負けた原因は力の差もあった。
けど心の問題も少なからずあったのは確かだ。


何も伝えないまま、1人でむしゃくしゃしてる俺は、負けたときよりかっこ悪い。

今、言わなくてどうするんだ。

例え叶わないと分かっていても、行動にうつさなくて何がヒーロー志望だ。


俺は葵のあとを追った。

誰に告白するつもりなのか知らない。
けど今言わないと絶対に後悔する。

目の前に映る葵の後ろ姿。

「葵!」

名前を叫んだ。
驚いた葵はビクッと肩をあげ、ゆっくり振り返った。
俺はゆっくり足をとめた。

「葵…話があるんだ」

最初に出会った時からそうだったんだ。
きっかけはすごく単純だった。

周りからかけられる言葉と違う言葉をくれたのも。

構えずに俺と接してくれたのも。

いつも真っ直ぐで、俺と一緒にいてくれたのも。

俺が欲しいと思ってた言葉をくれたのも。


「俺…」


君だけだったんだ。


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