正反対(上鳴)


(※夢主視点)

ヒーロー科で個性もかっこよくて明るく太陽みたいな君と

普通科で個性も地味で日陰にいる私との接点は

共通の友達がいるってことだけで

これから先関わることなんてないだろうなって思っていた。


***


『響ちゃん!こっちー!』
「葵!遅くなってごめん!」

お昼休み、私は食堂で幼馴染で親友の響ちゃんこと耳郎響香と一緒にお昼を食べる約束をしていた。
昼休みが始まって少し時間が経っており、食堂に来ていた生徒の大半は既にご飯を食べ始めていた。
私は先にご飯だけを受け取り、響ちゃんが来るのを待っていた。

「いやぁ対人訓練が思ったより長引いちゃってさ」
『ヒーロー科は大変だねぇ』
「ま、その分やりがいはあるけどね」

響ちゃんは定食セットを手に持ち私の前の席に座った。
2人で手を合わせ「いただきます」と言ってからご飯を食べ始めた。
自分の目の前に置いていたオムライスをスプーンですくい、口にいれようとしたときだった。

「君かわいいね!よかったら俺と一緒に放課後遊ばない?」

少し離れた席で金髪に黒い電気マークの入った少年が私と同じ普通科クラスの女子に声をかけていた。
目の前でご飯を食べていた響ちゃんもその声に振り返った。

「うわー…上鳴こんなとこでもナンパしてんのかよ」
『最近私のクラスによく来てるよ?』
「え、マジ?あいつ最近授業終わったらすぐどっか行くと思ったら普通科までナンパしにいってたのか…」

上鳴くんのことを知ったのは、響ちゃんがA組の話をしたのがきっかけだった。
私自身、上鳴くんと喋ったこともないし、おそらく上鳴くんは私のことを知らないだろう。

「葵気をつけなよ。悪いやつじゃないけど、あいつ誰でもナンパしてるっぽいし」
『大丈夫だよ。だってクラスの皆ナンパされてるけど私には声もかけてこないし…存在感がないだけかもしれないけど』

最近、昼休みや休憩時間になると彼は私のクラスにまでやってきては女子に声をかけているのをよく見かける。
けれども私には一切話しかけるそぶりもなく、毎回スルーされている。
別にナンパされたいと思っているわけではないが、私だけ声をかけられないということはそれだけ魅力がないのかと少しショックではあった。

「でもそれって逆に意識されてるからしてこないんじゃない?」
『えー、そんなわけないよ。私上鳴くんと喋ったことないもん』
「1回もないの?」
『うん。だって普通科とヒーロー科って会う機会少ないじゃん』

響ちゃんとは幼馴染だからこうして会うことは多いけれど、他のヒーロー科の人たちとは全く縁がない。
オムライスを口に運びながらチラッと視線を上鳴君に再び移した。

『!』

一瞬だけど上鳴くんと目が合った。
反射的にすぐに逸らしてしまったが、再び視線を戻すと上鳴くんは既に近くの女子と楽しそうに会話していた。

(…目が合っちゃった)

「葵?早く食べないと授業間に合わないよ」
『あ、うん!』

響ちゃんの言葉に私は残っていたオムライスを急いで食べた。
食べ終えた頃には上鳴くんはいなくなっていた。




「葵お願い!勉強教えて!」

ヒーロー科の授業が終わるのを教室で待っていると、授業を終えた響ちゃんがやってきて手を合わせて言った。

「葵って成績よかったよね?!」
『ま、まぁ凄く良いわけじゃないけど…でも響ちゃんこそ、そんなに成績悪くないでしょ?』
「いやそれが数学がわかんないとこ多くて…ヤオモモは用事で断られちゃったし…」

期末テストまであと1週間を切っていた。
勉強は苦手な方ではなかったし、むしろコツコツとやっていたため特に焦ることはなかった。

『私で教えられることならいいよ』
「ほんと!?ありがとう!!…でね、もうひとつお願いがあるんだけどさ」
『??』



5つの机をくっつけ合わせ自分の席に座った。
目の前に座るのは響ちゃん。その隣に響ちゃんと同じクラスの切島くんと芦戸さん。
そして私の隣には上鳴くんが座っていた。

「いやぁいきなりごめんな!俺ら結構やばくてさ」
「座学苦手なんだよねー!数学とかもはや意味わかんないもん!」

切島くんと芦戸さんは問題集を開くなり頭を抱えていた。
響ちゃんがクラスで勉強を教えてもらうという話をしたらしく、全然勉強ができていないというこの3人も一緒に教えて欲しいということになったらしい。
正直なところ人見知りでシャイな私は乗り気ではなかったけれど、響ちゃんのお願いとあれば断ることはできなかったし何より友達を作るチャンスだと思った。

「葵ちゃんだよね今日はよろしくね!」
「世話になるぜ!」
「コイツらうるさいけどいいやつらだからよろしく頼むわ」
『うん。こちらこそ力になれるか分からないけどよろしくね』

ふと隣の上鳴くんが静かなことに気づき、隣を見た。
ボーっとしていたのか私が見ていることに気づくと我に返ったようにハッとした。

「はじめまして如月。俺A組の中でも最下位でマジやばいからよろしく!」
『う、うん。よろしく…』

相変わらずのチャラさに私は視線を逸らし机に広げた問題集に目をやった。
頭を抱えながら切島くんたちは問題を解いていた。
時々、隣の上鳴くんに解き方を教えることはあったけれど、交わした会話は他の誰よりもうんと少なかった。



どれくらい時間が経っただろうか。
日は暮れ始め、夕焼けで教室が赤く染まっていた。

「んー!なんかめっちゃ勉強捗った気がする!」
「だな!如月のおかげですげぇ頭よくなった気がするぜ」
『私も復習になったしよかったよ』

今日はこの辺で、と勉強会はお開きになった。
机を元の位置に戻し勉強道具を鞄へと詰め込んでいると、響ちゃんが「あ」と声をあげた。

「ごめん葵、今日ちょっと寄るとこあって一緒に帰れないや」
『そっか。なら仕方ないね、久々に1人で…』
「だから代わりに上鳴!葵を送ってってやってよ。帰る方向一緒でしょ」
『へっ!?』

響ちゃんの言葉に気の抜けたような裏返った声が出た。
後ろを振り返ると、既に鞄を肩にかけ帰ろうとしていた上鳴くんが立ち止りこちらを向いていた。
切島くんや芦戸さんは既に教室を出て帰ってしまっていた。

『わ、悪いよそんなの。1人で帰れるし…』
「何言ってんの。こんな夜道を女子高生1人で歩くとか危ないでしょ」

迷惑がかかるというのも本当に思っていたことだけれど、本音は上鳴くんと2人で帰ることに戸惑っていた。
私の中のイメージの上鳴くんはチャラくて、女子に対しても軽く、あまりいいイメージはもてていなかった。
それにあまり話したことのない人といきなり2人で帰るということは、私にとってハードルがすごく高い。

「おう!任せとけよ。ついでに飯でも食べてくか?」
『ご飯は…遠慮しときます』

ほらね。やっぱり軽い。
響ちゃんと別れ、ニコニコしている上鳴くんの隣を歩きながら校門を抜けた。

「如月って耳郎といつも一緒に帰ってんの?」
『うん。でも響ちゃんのが遅く終わること多いから最近は別々の方が多いけど』
「あー…たしかに訓練とかの授業が最後だと延びるからなぁ…」

沈黙が続くのかと思ったけれど上鳴くんが会話を繋げてくれるおかげで、少しぎこちないけれど会話は続いた。
さりげなく車道側を上鳴くんが歩いてくれている。
こうして男の子と帰ること自体が初めてで、チャラいと思っていた上鳴くんだったけれど少しドキドキしていた。
ちらりと横顔を見れば、やはり顔はどちらかと言えばイケメンだし。
上鳴くんはといえば女子に慣れているからか一切緊張などの様子はなく淡々としゃべっていた。

「俺なんてコントロールできねぇからすぐ許容量オーバーしちまうんだよなぁ」
『えっと…帯電だっけ?響ちゃんが言ってたような…』
「そうそう!バババっと放電すんの」
『すごいね。さすがヒーロー科…私と違っていい個性だね』

思わず漏れてしまった言葉。
チャラいと思っていた上鳴くんだけれど、彼もヒーロー科のひとり。
普通科の私と違って強くて目立つ個性を持っているんだと再認識した。

「…如月の個性は?」
『え…っと…触った相手と気持ちが共有できる…っていう…地味な個性…』

上鳴くんの個性の話のあとだと言いづらい個性だった。
特に攻撃ができるだとか役に立つ個性ではない。
子供の頃から周りと比べて目立たない個性だったため、からかわれたことも少なくはなかった。

「すっげぇじゃんそれ!」
『え?』

躊躇いながら話した私に上鳴くんは間をあけることなく言った。
驚いて顔をあげると上鳴くんは真っ直ぐこちらを見ていた。

「だってさ、嬉しいこととか悲しいことを一緒に共有できるってことだろ?そしたら一緒に楽しんだり悩んだりできるんだからすげぇいい個性じゃん!」

ニコっと笑った顔にドキっとした。
初めて言われた。
今まで地味だとか言われたことは何度もあった。
だけどこうして真正面から褒められたのは初めてだった。

『あ、ありがとう。そんな風に言われたの初めてかも』

少しだけ、クラスの女子たちが上鳴くんのナンパにキャーキャー言っている気持ちがわかった気がする。
確かに言動はチャラいけれど、素直で偽りのない言葉をくれる。

「…笑った顔もやっぱ可愛いな!笑った方がぜってーいいよ!」
『え?』
「如月モテるだろ?彼氏とかいんの?」
『い…いないけど…』
「マジ!?もったいねー!だったらさ、俺と付き合わね?可愛いし、如月めっちゃタイプなんだよね」

急にドキドキしていた心臓が静まった。
さっきまで少しかっこいいかもしれないと思っていたのがばかばかしく思えた。
やっぱりこの人は…

パシッ

右手で上鳴くんの頬を叩いた。
さっきまで笑っていた上鳴くんは突然叩かれたことが理解できていないのか茫然としていた。

『最低』

私はそれだけ言って逃げるように走った。
曲がり角を曲がってすぐの自分の家に入ると、2階にある自分の部屋に駆け込んでベッドに倒れ込んだ。
ほんの少しだけ心のどこかで期待していた。

意識されてるからナンパしてこない。

お昼休みのときに響ちゃんに言われた言葉が脳裏によみがえる。
もしかしたら本当にそうなのかな、と思っていた自分がいたのかもしれない。
帰り道も家の近くまで話を繋げてくれて、コンプレックスだった個性さえも誉めてくれて私は余計に期待してしまっていたのかもしれない。
けれど、そのあとの彼の言葉はいつも他の女子に話すような口調だった。
それがショックだった。

(なんでこんなにモヤモヤしてるんだろ…)



翌日、私はいつもと変わらない様子を装って響ちゃんと学校へ向かった。
その途中、運が悪いことに上鳴くんとばったり遭遇した。

「あ…」

私を見つけると気まずそうな顔をした。

『ごめん響ちゃん。私用事思い出したから先いくね!』
「え?ちょっと葵!?」

顔を見ると昨日の出来事を思い出して心がズキズキする。
治まってほしいのになかなか治まらない。
私は息をきらしながら教室まで走った。




「なんか断られたんだけど」

休憩時間、クラスの女子の一人が言った。
その女子はつい先日、上鳴くんが食堂でナンパをしていた人だった。

「マジで?私も言われた」
「あんなに遊ぼうって言ってきたのにね」
「もう君とは遊べないとか言ってさ、お詫びに殴っていいからとかマジ意味わかんない」

私は少し離れた席でその女子たちの会話を聞いていた。
彼女たちが話しているのは上鳴くんのことだろうか。
昨日のこともあって顔を合わせづらいからか、今日は教室に上鳴くんは来ていなかった。
食堂でも彼の姿は見当たらなかった。
響ちゃんも上鳴くんについて触れることもなく、いつも通り一緒にお昼を食べ放課後を迎えた。


「ごめん、今日もちょいと用事あるんだよね」
『そっか。わかった、また明日ね』
「あ、そうだ葵」
『なに?』

下駄箱へ向かおうとしたとき、響ちゃんが近寄ってきて耳打ちをしてきた。

「話、ちゃんと聞いてあげてね」
『え?』
「じゃあまた明日ね!」

それだけを言うと響ちゃんは下駄箱とは反対方向に走って行った。
言われた意味が分からないまま、私は下駄箱へ向かった。
静まり返った下駄箱で足がぴたりと止まった。
外へ出る扉の前に今朝見かけたはずなのに、すごく久々に感じる彼が立っていた。

「如月…」

私に気づいた上鳴くんはゆっくり近づいてきた。
彼の頬には湿布が貼られていた。

『ご…ごめん…私が昨日叩いたから…』
「え?…あぁ違う!これは如月が叩いたからじゃなくて…」

少し間があった後に上鳴くんは頭を下げた。

「昨日はごめん!!」

いきなりで私はびっくりしてビクっと肩があがった。
静かな空間に上鳴くんの声はよく響いた。

「本当はあんな言い方するつもりじゃなかったんだ…」
『上鳴…くん?』
「昨日如月に叩かれて最低なことしたって目が覚めた。今日、耳郎にもめっちゃ怒られた」

きっと朝不自然に逃げた私を不審に思って響ちゃんは上鳴くんを問い詰めたのだろう。
帰りも上鳴くんと話をさせるために1人で帰るように仕向けたのかもしれない。

「俺…焦ってたんだ。如月と2人きりになれるチャンスなんてもうないかもしれないし、気づいたら家の近くだったし」

ゆっくりと顔をあげた上鳴くんと目が合った。
その目は反らされることなく、私を映していた。

「俺、如月が本当に好きなんだ」
『え…?』

好き?上鳴くんが私のことを?
いつものナンパしているときの顔ではなく、真剣な顔つきだった。
時が止まったように感じる、とはこんな感じのことなのかな。
時間の流れがものすごくゆっくりに感じる。

「今更嘘みたいに思うかもしれないけど、普通科によく行ってたのは如月に会うためだったんだ」
『私に?でも…そんなそぶり…』
「急に何て話しかけていいか分かんなくて…。ナンパを口実に普通科に行って如月と喋るきっかけを探してたんだ」
『でも私にはナンパしてこなかった…よね』
「好きな子に他の子と同じようにナンパなんて…したくなかった。昨日は焦ってしちまったけど」

響ちゃんの言っていたことは正しかった。
本当に意識されていたんだ。
分かった瞬間、私の胸の鼓動がまた大きく高鳴った。

「ちゃんと本気だってケジメつけるために今までナンパしてた女の子に謝ってきた。これはそのときの」

ヘラっと笑って頬に貼られた湿布を指さした。
クラスの女子が言っていたように謝ったときに殴られたのだろう。

「俺、こんなにも本気で好きになったの如月が初めてなんだ」
『どうして…好きになったの?昨日はじめて喋ったのに…それに私の事』
「ほんとはずっと如月のこと知ってたんだ」

え?
少し間抜けな声が出た。
私は響ちゃんから上鳴くんの話を聞いたことはほんの少しだけどあった。
もしかして響ちゃんが私のことを話してたのかな。でも、私は上鳴くんみたいに話題になるようなことはない。

「耳郎と一緒にいる可愛い子って認識だった。でもすれ違ったりする度に気づいたら目で追っててさ…一目ぼれっていうのかなこれ。気になりだしたら意識するようになって、耳郎に如月のことさりげなくいろいろ聞いたりして」

いつだったか響ちゃんが「上鳴は悪い奴ではないよ」と言っていたことを思い出した。
目の前の上鳴くんは頬を赤らめながら、必死で頭で言葉を選びながら喋っていた。
いつもみていたチャラくてナンパをしている姿とは正反対。
初めて見る新鮮な上鳴くん。

「昨日はじめて喋って、やっぱり如月のこと好きだって思った!…えと、俺アホだからさ上手く言えないんだけど…その」
『はははっ』
「お、俺なんかおかしいこと言った!?」
『ううん、私だけナンパされないしスルーされるから上鳴くんに嫌われてるのかと思ってたからびっくりして』

上鳴くんは確かにチャラくてナンパ癖がある人なのかもしれない。
けど実は真面目で人のコンプレックスも素直にいい方に言ってくれる。

「俺、これから絶対ナンパもしないし如月のこと一生大切にする…だから俺と…付き合ってください!」

頭をさげ右手を前に差し出した。
その手は少しだけ震えているように見えた。
今までの私だったらきっとその手を無視して逃げ去っていたと思う。
人見知りでシャイな私にとってチャラい人は一番苦手だった。
でも。

『ありがとう』

私はその手を両手で握った。
手に触れた瞬間、上鳴くんの肩がビクッとあがりゆっくり顔をあげた。

『ナンパ…もうしないでね?』
「も、もちろん!!」
『私も上鳴くん…好きだよ』

そう言って、私たちは笑いあった。

- 5 -
←前 次→