▽前編《爆豪side》


そいつは嵐のように突然やってきた。

「えー…編入生を紹介する」

一日のはじまりの朝のホームルームで担任の相澤先生が入ってくるなり言った。
編入生という言葉にクラス中はざわつきだした。
俺は特に興味もなく早く終わって授業が始まってくれと思っていた。
ざわつく教室の扉を開け編入生は入ってきた。

『はじめまして。如月葵です。よろしくお願いします』
「女子だ!」
「かわいいー!」

特に変わった外見でもない、至って普通のその辺にいそうな女だった。
アホ面やクラスの女子共は揃って騒いでいた。
後ろの席に座るデクまでも「かわいいね」とつぶやいてきたが俺は無視した。
正直どうでもいい。
前を向いたとき、たまたま編入生と目が合った。

『爆心地…』
「は?」

呟くような声は周りの騒ぎ声で掻き消された。
驚いた表情で見ていた編入生は、ハッとして目を逸らした。
それから席へつく編入生を目で追ったが、こちらを見ることはなかった。


ホームルームが終わったあとの昼休みになると、編入生の周りは人だかりになっていた。
俺を除くほとんどのクラスの生徒が自分の席を離れ、編入生の周りに集まっていた。

「ねぇねぇ!どこのクラスからきたの?」
『普通科だよ。ちょっと体調崩しててずっと休んでたんだけどね』
「個性は?」
『未来予知だよ。少し先の未来を読むだけだけどね』

離れた席に座っていても、編入生の声はよく聞こえた。
大した個性じゃねぇな。と頬杖をついて自分の席に座っていると椅子を引く音が聞こえた。
近づく足音に顔をあげると、すぐ近くに編入生が立っていた。

『君は?君の個性はなに?』
「あ″ぁ″?」

さっきの驚いた表情はどこにもなかった。
空いた前の席に座ると、じっと目を合わせて逸らさない。

『当ててあげよっか。んー…爆発させる感じ?』
「…!」
「すっげー。もしかして予知の個性使ったの?」
『ううん。なんとなくそう思っただけだよー』

当たってた?と首をかしげて聞いてきたが俺は何も答えなかった。
驚きはしたが、それがただの勘ではないように思えた。

その日は編入生の周りには常に人が集まっていた。
珍しいからか昼休みには噂を聞きつけたB組からも人が集まってきていた。
うっとおしく思った俺は編入生の周りに行くことはなく、1人で教室を出て行った。


『爆豪くん!』
「あ″?」

1人食堂で飯を食っていると、さっきまで教室で囲まれていた編入生が声をかけてきた。
ニコリと笑って何も聞かずに正面に座った。
昼ごはんを食べ終えた後なのか、手には何も持っていなかった。

「何の用だよ」
『特に用はないよ。ただ爆豪くんと喋りたいなーって思って』
「はっ。別に俺は喋りたかねェ」

テーブルに置いた激辛ラーメンを口に運ぶ。
食べている最中もどこかへ行くこともなく、じっと食べ終えるのを黙って待っていた。
目が合えばにっこり笑い首をかしげる。
ラーメンを食べ終え食器を片づけにいくと、一緒に後ろをついてきた。

『ねぇ、午後の演習ペア組まない?』
「なんで俺がテメェと組まなきゃいけねぇんだよ。他当たれ」
『えー冷たい!いいじゃん。爆豪くん強いんでしょ。初めての演習授業だし助けてよ』
「断る」


とは言ったものの演習のペアはくじ引きで決めることになった。
引いた紙の数字を見て顔をあげれば、編入生が笑顔でこちらを見て手を振っていた。
そういえば個性が予知だとか言ってたな。くじでどれを引くのかを先読みしていたのだろうか。

『よろしくね、爆豪くん』
「うっせ。お前個性使いやがったな」
『やだなぁ。こんなことに使わないよ、たまたまだよ!』

わざとらしくとぼける編入生にイラつきながらも演習場所へと移動した。
移動するときも何かと話しかけてきてたが適当に聞き流したためよく覚えていない。


演習はステージ内に潜む仮想敵を時間内に倒しゴール地点に辿り着くこと。
ペアのどちらかがゴールした時点で終了となり、倒した仮想敵の数によって順位が決まる。

「入試と同じじゃねェか」

俺と同じ感想を他の奴らも思ったらしく、似たような声があちこちから聞こえた。
俺と編入生は1番にスタートすることになり、スタート地点に立った。
ステージも入試とほぼ同じ、模擬市街地だった。高いビルや建物が立ち並び死角も多い。

「おい編入生。おれは左側一掃する。お前は右側いけや」
『えー!分担するの?一緒の方がよくない?あと、私の名前は編入生じゃなくて如月葵なんだけど』
「こんな広い会場で纏まってたら数稼げねぇだろうが。とにかく編入生は右側いけ」

喋っているうちにスタートのサイレンが鳴り響いた。
それなりに大きなサイレン音に2人とも少し驚き肩をあげた。
行くか、と個性の爆風を使って進もうとしたとき、編入生が俺の進もうとした左側へ走っていった。

「あ"?!」
『私が左行くー!なんか爆豪くんの行く方が楽そうに思えたし!』
「ふざけんな!何勝手に…」
『私の方が多く倒したらちゃんと名前で呼んでよー!』

好き勝手行ったあと、編入生は角を曲がり視界から消えた。
またイラつく。人の話を聞かずに自分勝手に行動するやつが死ぬほど腹立つ。
イライラしながらも同じ方向へ行くわけにもいかず、仕方なく編入生が行くはずだった右側の進路へと進んだ。

演習が始まって数分が経った。
まだまだこれからだという時に、大きな何かが崩れ落ちた音が聞こえた。
すぐ近くではないのにその音はステージ中に響き渡った。
音が聞こえたのはステージの左側。
編入生が進んだところだった。
仮想敵と戦って建物が崩れただけだろうと思っていた。だがモニタールームで俺達の様子を見ているはずのデクの声や他のクラスメイトの声ががスピーカーから聞こえた。

《如月さん!?》
《やべぇぞ!建物の下敷きになってんじゃねぇの?》
《先生!!》

は?
クラスメイトの声はすごく焦っていた。
下敷きになった?編入生がか?

《爆豪少年!一時中断だ!如月少女が瓦礫の下敷きになった。今から救助に向かう。君はそこで待機していなさい》

スピーカーからオールマイトの声がはっきりと聞こえた。
待機していろという指示だったのに体は勝手に瓦礫が落ちた場所へ向かっていた。
大丈夫だ。
編入生のことだ。きっとまたヘラヘラしながら出てくるに違いない。個性を使って瓦礫が落ちてくるのを予知して避けているかもしれない。

予知…

頭の中で落ち着こうと考えていると1つの疑問が浮かび上がった。
本来俺が左側へ行くはずだったのに、編入生はそれを聞かずに左側へいった。
予知で瓦礫が崩れ落ちてくると知っていて、俺をわざと右側へ行かせたのか?
足がピタリと止まる。
目の前には近くの建物が崩れ落ちてできた瓦礫の山。

『うっ…』
「!?」

小さな呻き声が聞こえた。
とにかく目の前にある瓦礫を手当たり次第にどかしていった。

「編入生!!」

重い瓦礫を個性で吹っ飛ばせば簡単に取り除けるが、そうすれば編入生ごとふっとんでしまう。ぐっとこらえて一つ一つ瓦礫をどかしていく。
大きな瓦礫をなんとかどかすと、下から編入生がうつ伏せになった状態で姿を現した。

「おい、しっかりしろ!編入生!おい!如月!」

瓦礫の山から引っ張り出し、離れた場所に仰向けで寝かせて呼びかけると、如月はゆっくりと目を開けた。

『ばく…ごーくん?』
「しっかりしろ!」
『ははは…やっと…名前で呼んでくれた…』
「こんな時に何言ってんだ!」

体中傷だらけで、声を出すのもやっとの状態だった。
左腕は見ただけでも分かるぐらいに変色しており痛々しい。

『爆豪くんは…怪我…してない?』
「してねェよ!お前だけだわボケが!」
『そっかぁ…よかった…』

体中が痛いはずなのに如月は俺に怪我がないとわかると安心したのか、すぐに気を失った。
その直後にオールマイトや相澤先生、リカバリーガールが到着し応急処置が行われた。

建物の崩落の原因は今まで多くの演習で受けたダメージが蓄積され、脆くなっていたとのことだった。
今回の件を受け俺達の演習授業は中止になり、演習場も全てが点検に入り一時使うことができなくなった。


演習が中止になり自習になったその時間、俺はヒーロースーツから制服へ着替えると保健室へと向かった。
保健室の中へ入ると消毒液の独特な匂いが鼻に入ってきた。
少し顔を歪めながら奥に進むと、如月は体を起こしベッドの上に座っていた。

『爆豪くん!どうしたの?もしかして心配してきてくれたの?』

さっきまでの弱り切った声とは思えないほど元気な声だった。
頬には絆創膏が貼られており、左腕は包帯を巻かれ腕が固定されていた。
じっと見ていたからか如月はにっこり笑って付け足すように言った。

『疲れすぎちゃって全部は治しきれなかったって』
「痕…残るんか」
『んー…ちょっと手に痺れが残るかもって感じだけど全然動かせるみたいだし、大丈夫だよ!』

相変わらずヘラヘラと笑っていた。
ベッドの脇に置かれた丸椅子に俺は腰かけた。

「…個性で見たんか。建物が崩れるの」

どんな風に個性を使うのかは分からない。
けれど俺みたいな目で見て分かるような派手な個性じゃない分、気づかないうちに個性を使っていたのかもしれない。
如月は固定された腕の手を握ったり開いたりしながら笑っていた。

『見てないよ。予知って言っても自由に見れるわけじゃないし。見れても細かくは分からないし』
「……お前さ…」

言葉を遮るようにチャイムが鳴り響く。
ズボンのポケットにいれていたスマホがメッセージを受信して震えた。
目を通せばクソ髪から今日の授業がなくなったというメッセージが入っていた。
既読だけをつけ、俺はスマホをポケットに入れた。

「授業中止だと」
『そっかー…残念だなぁ』
「お前、寮に入ってるんか?」
『え、うん。そうだけど?』

俺は如月に待ってろと言い残し教室へ一旦戻った。
教室に入るとクソ髪やアホ面から如月の容体を事細かに聞かれたが、大丈夫だった、とだけ言って他は全部無視した。
自分の机の中から教科書やノートを取り出し鞄に詰め込んだ。
そのあとに如月の机を覗き込むが机の中は空で、横にスクールバックだけがかけられていた。
スクールバックもやたらと軽い気がしたが、中を見るわけにもいかず逆の肩にかけて保健室へと戻った。

『あ、私の鞄持ってきてくれたの?』
「…はよ行くぞ」
『え?ちょっと、私の鞄持つよ』
「お前怪我してんだろうが」

如月の鞄を持ったまま寮へと向かう。
普段の俺なら絶対にしない。だが怪我をした原因が直接的に俺ではなくても少しは悪いと思ったからだ。
寮までは約5分。
いつもならすぐに辿り着く距離だったけれど、今日は少し長く感じた。







『君は…君の未来は私が絶対に守るからね』

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