01_転入生

「あー…今日もあっちぃなぁ…」

教室に入ってすぐ耳に入ったのはクラスメイトの切島鋭児郎の声だった。
赤いツンツンした髪は目立っており嫌でも視界に入る。
切島の周りには上鳴や瀬呂といったクラスメイトが、近くの椅子を引き寄せ囲むように座っていた。
その隣の席へつくべく足を進めると、案の定声をかけられる。

「はよ!爆豪!今日も相変わらず不機嫌そうだな!」
「あ"ぁ"!!?誰が不機嫌だぶっ殺すぞ!!」

いつもの挨拶、いつもの会話、いつもの日常。
高校に入って2か月あまりが経ち季節も夏に入り始めた。
この光景にも慣れはじめ、ムカつくことも多々あるがそれでも毎日は充実していた。…ぽっかりと心にある穴は残ったまま。

「そういえばさ、机ひとつ増えてね?」

上鳴が1番窓際の1番後ろを指さした。
窓際の一番後ろに机がひとつ置かれていた。昨日まではなかったはずだ。それにこのクラスの人数は偶数で机もきっちり揃えられていたはずだ。

「ほんとだ。もしかして転入生とかくるのかな?」
「そんなのあるのか?雄英のヒーロー科だぞ?普通科ならワンチャンあるかもしれないけど…」

そんな話をしていると教室の前の扉が開き1-Aの担任教師、イレイザーヘッドこと相澤消太がだるそうに入ってきた。
全員が喋るのをやめそれぞれの席に戻っていく。

「気づいてるやつもいるかと思うがこのクラスに転入生が入ってくることになった」

クラスが一斉にざわつき始める。上鳴や切島たちは「やっぱりな」と言うように顔を見合わせると女か男かという話をし始めた。2人は爆豪の方を振り向き意見を聞いてきたが、爆豪は「どっちでもいいわ」と興味なさげに会話を終わらせた。

「静かにしろ。話がすすまねぇだろうが」

相澤先生の一言に全員が喋るのをやめ、教室の入り口へ視線が向けられた。
扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。
肩まで伸びた茶色の髪。髪色に似た色をした瞳。自然と閉じられた口。
制服はしっかりと着こなされ、他の生徒と違うところといえば両手に黒い手袋をつけているところだろう。

「よっしゃ女子!!」
「なかなか当たりじゃね!?」

上鳴や峰田の反応に続くように他の生徒も騒ぎ始める。爆豪を除いて。
いつもならうるさいと感じるはずなのに、その騒ぎも耳に入ってこなかった。
騒ぎよりも目の前に現れた転入生という彼女の存在があまりに大きかった。

「葵…?」

騒ぎ声に掻き消されるような声で呟くように言った。驚きのあまりそれ以外言葉が出ない。彼女から視線が外せずにいると彼女と目が合った。ドキリとしたがそれは一瞬で、何事もなかったかのように彼女は視線を逸らした。

「彼女は如月葵。いろいろ訳合っての転入だ。如月、とりあえず挨拶しとけ」

彼女の声を聞こうと騒がしかった教室が一斉に静かになる。
注目が集まる中、これといって緊張もしていない様子で彼女は口を開いた。

『…よろしく』

誰とも視線を合わせることなく呟くように発した。
ぽつりとはみ出した席につくまで、クラス全員の視線を浴びていたが特に表情をかえることもなかった。


朝のホームルームが終わると、女子生徒や上鳴たちが席を立ちすぐさま転入生の席へと駆け寄った。
あっという間に彼女は囲まれた。

「ねぇねぇ!何で転校してきたの??」
「どんな個性??」

次々と質問がされていく。急にきた転入生が気になるのも無理はない。それも雄英のヒーロー科だ。入学するのにもかなりの倍率なのに転入できる枠があったとは思えない。

『答える必要はない。私に構わないでください』

彼女はばっさりと言い捨てた。その場の全員が凍りついたように静かになった。
それでも彼女の周りから離れようとしないのは、その空気に戸惑っているからだろうか。

「おい」

彼女を囲む集団の一番後ろから爆豪は声を発した。その声に自然と道は開けた。ポケットに手をつっこんだまま、彼女の前に近づいていくが相変わらず彼女は表情を変えない。

「ちょっと面かせや」
『なぜ?』
「いいから貸せっつってんだボケ!殺すぞ!」

爆豪は教室を出て行った。その後を続くように彼女も静かに教室を出て行った。
教室に取り残されたメンバーは互いに顔を見合わせ、理解ができないまま出て行った2人を見送った。