03_隠し事

チャイムが鳴ってからしばらくして爆豪は教室に入ってきた。授業に遅れることが今までなかったため、クラスメイト全員が驚いていた。先生から注意を受けながら黙って自分の席に着く。
前の席の切島や上鳴は『どんまい』とだけ告げて深くは聞いてこなかった。
1番後ろの席についている葵を横目で確認したが授業を聞いているだけで爆豪を気にする様子はなかった。

「(絶対にアイツのはずなんだ・・・10年以上も会っていなければ見た目も変わる・・・けど、俺にはわかる・・・)」

その日の授業は頭に入ってこなかった。


「ねぇ葵ちゃん!放課後クレープ食べに行かへん?」
「私もいきたーい!すっごい美味しい店できたんだよね」

放課後、朝のことがなかったかのように麗日と芦戸は葵の席の周りに集まってきた。
美味しいスイーツの店ができただのどの種類が美味しいなど、女子高生らしい会話だった。

『興味ない。用事あるから』

そのまま席を立ち鞄を手に取ると教室を出て行った。

「やっぱりあかんかったかぁ・・・」
「諦めちゃだめだよ!また明日誘ってみよ!」
「そうやね。あ、そういえば爆豪くん朝何話してた・・・」

振り返って爆豪の席をみるとさっきまで座っていたはずの爆豪の姿はどこにもなかった。



『無事に潜入しました。今日は接触なし。引き続き任務を続けます』

人気のない路地裏で葵はスマホを片手に通話をしていた。
通話時間はほんの数秒。要件を伝え終えると静かに画面をタップし通話を切った。
ふと足音が聞こえた。その足音は少しずつ葵のいる路地裏に近づいてきた。
辺りを見回しながら歩くようなゆっくりしたリズムの足音。
葵はスマホをポケットにつっこみ地面に置いていた鞄を手に取り、路地裏を出た。
外は日が沈みかけていたが路地裏と比べると明るく、少しまぶしい。
夕日に照らされるように目に留まったのは足音の正体・・・爆豪勝己だった。

「・・・こんなところで何してたんだよ」
『何も。あなたこそ私をつけてたの?』

否定もせず無言だったのはおそらく言われた通りだったからだろう。
何か用かと聞けば、おそらく朝の会話の続きをされるだろう。『知らない』という答えに納得していないのは態度をみればよく分かる。現に今日1日中横目でだが視線を向けられていた。
目の前の爆豪は葵に何から言うか頭の中で考えを張り巡らせているようだった。
葵はそんな爆豪にまた背を向けた。

「”任務”ってなんだよ」

歩き出そうとした足が止まった。爆豪は確かに言った。”任務”と。路地裏で誰もいないことを確認した。通話中も周囲の気配には気を付けていたつもりだった。
それに足音が聞こえたのも通話を終えた後だったはず。もし通話を聞いていたというのなら、路地裏にいたことを知っていてわざと自分の存在を知らせるために足音を立てたことになる。
ほんの少し乱れた表情を戻し、爆豪の方へ体を向けた。

『なんのこと?』
「とぼけんな。路地裏で誰かと電話してただろ。引き続き任務を続けるって」

やはり全部聞いていた。どう誤魔化そうかと考えるがどんな事を言っても納得せず、これから先付きまとってくることになるだろう。そうなると”任務”に支障をきたすことになりかねない。かといってありのままを話すことは絶対にできない。
爆豪はじっと葵から目を離さない。

『聞き間違いじゃない?あと人の電話を盗み聞きするのはどうかと思うけど』
「おめぇがちゃんと話してくれたらんなことしてねぇよ」
『ちゃんと話してるつもりだけど』

どちらも互いにひかない。これではきりがない。どちらかが折れなければこの話は終わりを迎えないだろう。かといってどちらも折れる気はない。
葵は小さくため息をついた。

『朝も言ったけど私はあなたを知らない』
「んなわけあるか。ずっと会ってなくても俺にはわかる。お前は俺の知ってる如月葵だ」

爆豪の視線はずっと葵から反れることはなかった。
確信はないはずなのに言い切るのは言ってしまった勢いなのか、それとも自信があるからなのか。
葵も爆豪の瞳を見つめた。感情がこもっていない冷たい瞳に見つめられ爆豪は少しだけ怯んだ。

『仮に私があなたの知っている如月葵だったとしても、私はあなたの事一切覚えていない。覚えてないってことはどうでもいい人だったってこと』
「どうでもいいって・・・」
『あなたにとっては知らない。けど私にとってはそういうこと。もう私に構わないで迷惑だから』

動けないでいる爆豪を置いて再び歩き始めた。はっきりと言わないとおそらくまた構ってくるだろう。
気づいたら日は落ち辺りは暗くなっていた。