04_汚れた手


あの日から爆豪は話しかけてくることも視線を送ってくることもなくなった。
代わりに女子生徒からは昼休みに入る度に話しかけられる。どれだけ冷たくあしらっても執拗に話しかけてくる。今日の授業はどうだったとか、昼休みに起きたことだとか、男子がどうだとか。とりとめのない女子高生の会話に特に答えることもなく自然と耳に入ってくるだけだった。
ある日の放課後、いつものように麗日や芦戸たちの会話を流し学校を出るはずだった。

「葵ちゃん!今日は逃がさないからね!!」
『え』

麗日と芦戸に両腕を絡められ、蛙吹と耳郎に前後で行く手を阻まれた。無理に振り払うこともできたが流石に女子相手にそうすることはできなくて。彼女たちの顔を見回すと皆笑顔だった。

「今日は一緒にクレープ食べにいくよ!」
『いや私は・・・』
「いつも断ってるから今日こそは一緒にいきましょ、ケロ」

手を引かれるままに葵は教室をあとにした。
連れて行かれたのは学校から15分ほどの距離にあるクレープの店。店には同じぐらいの年の制服姿の女の子が並んでおり、どの味にするだの楽しそうに順番を待っていた。
そのうしろに並ぶと、麗日たちもメニューを眺めながら同じような会話をし始めた。

「葵ちゃんはどれにする??」
『・・・どれでも』
「じゃあおすすめのこれにしよう!私もこれにする!』

頼んだのは苺とチョコのはいったクレープだった。全員が買い終えると近くの椅子に腰をかけた。
それぞれにクレープを頬張り幸せそうな顔をしていた。葵もゆっくり手に持ったクレープを一口齧った。
苺の甘酸っぱさとチョコと生クリームの甘さが口の中に広がった。

『・・・・・・』
「葵ちゃんどうしたん?美味しくなかった??」

食べたあとに黙ったまま動かなくなったことに心配した麗日が顔を覗き込んだ。他のみんなも食べる手を止めこちらを覗き込んできた。
葵はその視線に気づき首を横に振った。

『クレープってこんなに甘くておいしいんだ・・・って思った』
「もしかして葵クレープ食べたことないの?」
「マジで!?めっちゃもったいない!」

今まで甘いものを一口も食べなかったわけじゃない。こうして外で何かを食べることも決して多いわけではないが何回かはあった。だが、こうして授業を終えて帰る途中で、同級生と一緒に何かを食べることは初めてだった。
葵はクレープに再び齧りつく。皆も各々のクレープに齧りつきながら、会話を進めていた。

「じゃあまた美味しいスイーツのお店行こう!」
「そうだね、今日これなかったメンバーも誘って」
「上鳴ちゃんとかもすごく行きたがってたわ」
「爆豪とか絶対こなさそう!甘ったるいわボケとかいいながら」

”爆豪”という言葉に少しだけ反応してしまった。
誰も気づいてはいなかったが葵は一度目を瞑った。

「爆豪といえばさ葵のことめっちゃ気にしてるよね?最初あったときからさ」
「爆豪くんと知り合いなん?」

その質問に全員の視線が再び葵に集まる。クレープを口に押し込み飲み込むと葵は誰とも視線を合わせず首を横に振った。その反応に誰も疑うことなく話はまた男子の話に戻った。しばらく話し込んだあと日も暮れ始めたことから今日は解散することになった。たった数時間だが今日はすごく時間が短く感じた。別れの前に麗日が葵の両手を握った。

「葵ちゃんまたクレープとか食べに行こうね!絶対、絶対!!」

力強く握られた手と合わせられた目から本気だということが伝わってくる。他のみんなも後ろで頷いていた。
いつもなら適当な言葉であしらってかわすのに、何故だか彼女たちをみているとそんな言葉がでてこなくて。
代わりに少し頬が緩んだ。

『うん。そうだね』
「!!葵ちゃんが笑った!」
「葵笑った方が絶対可愛いよ!!」

笑ったというにはいささか大げさすぎる気もするぐらいの頬の緩みだったが、転入してきてからずっと無表情だったため自分でも頬が緩んでしまったことに驚いた。

「葵はもっとぐいぐい来てもいいと思うよ」
「そうね。私たちお友達だもの」

優しくかけられる言葉にズキッと心が痛む。握られていた手が離され葵は自分の手の平を見つめる。そっと目を閉じ首を横に振る。雄英にきて1か月。平和で穏やかな毎日が続き気が緩んでしまったのか。自分でも分かるぐらい今日の自分の感情はどこかおかしかった。これ以上一緒にいれば自分が自分でなくなる気がした。

『それはできない』
「なんで?」
『私には皆が眩しすぎる・・・もちろん爆豪も。その光の中に私は入れない。入るには・・・あまりにひどく汚れてしまっているから』

無表情でも笑顔でもない悲しげな表情。その言葉の意味は誰も理解はできなかった。だがそれ以上聞くこともできずそれぞれ岐路に着いた。