07_任務だから


無意識だった。
麗日の悲鳴が聞こえたとき体が勝手に動いて、気づいたら個性を使って脳無を消していた。今までだったら知らないふりをして自分が死なない程度に個性を使って乗り切るはずだった。なのにどうしても彼女の台詞が頭をよぎって、ここにいる皆や爆豪が殺される想像をしてしまった。そしたら歯止めが利かなくなってしまった。皆に近づくことなんてできやしないのに。

あの後学校に連絡を入れ警察や他のヒーローが施設に集まってきた。
生徒は全員バスで学校へ戻され、そのままそれぞれ帰宅した。一人を除いて。
葵は1人事情聴取のために施設に残っていた。だが警察官の1人と少し会話をしただけで解放されすぐに外に出れた。だが学校へ戻る気にはなれなかった。というよりも、もう2度と戻ることはできないだろう。
皆が自分を見る目が恐怖に満ちていたことが鮮明に焼き付いている。

外に出てどこに行こうかと考えていると、ひとつの影が目の前に現れた。つんつんした髪に赤い瞳。

『爆豪・・・勝己・・・』
「ちょっと面かせや」

転入してきたときと同じように彼は黙って前を歩く。着いた場所は廃屋。他に人はいない。
彼はどすんと近くに座ると葵の目をじっと見つめた。

「お前がやったんか。敵全員・・・」

きっと嘘をついてもバレるだろうな。葵は黙って頷いた。
爆豪は小さく「そうか」とつぶやくと下を向いた。きっと聞きたいことは山ほどあるはずだ。

「何でやった・・・」
『爆豪はヒーローが本当に敵を倒して人々を救ってると思う?』
「は・・・?」

質問を返され爆豪は戸惑ったように顔をあげた。葵はどこか悲しげな顔をしながらも続ける。

『それはただの表向きのヒーロー。それだけじゃあ敵はいなくなったりしない。警察が捕まえて然るべく処罰を下す。それは軽い罪の時だけ。あまりに重い罪でヒーローでも捕まえきれない敵は殺すしかない』

ヒーローは勿論、個性を使って人を傷つけたり殺すことは禁止されている。だがそうでもしないと敵の被害を抑えることができないのも事実。表では伏せられているため、普通に生活していれば知ることはまずない。

『ヒーローの活躍の裏で汚れ仕事をこなすのが”ノウト”の役目』

与えられた任務を果たすため一般人になりすましす。目的の敵と接触があれば即始末する。
その存在は警察とプロヒーローのごく一部にしか知られておらず、現に雄英高校でも校長以外は知らされていない。
あの平和の象徴のオールマイトですら、おそらくは知らないだろう。

「お前は・・・殺す目的で雄英にきたのか」
『任務だから。ただ・・・今回の任務は失敗した・・・』

目的とは違う敵を殺した。本来手を出すべきではなかった。今回の件はおそらく組織の力で揉み消されるのだろうが、任務に失敗した以上しばらくは表に出てくることはできないかもしれない。もう爆豪や雄英の皆と会うことはできない。だからだろうか、いつもより口が軽くなってしまっている気がした。

『本当はどうでもいいことなんてなかった』

こぼれた言葉は止まらなかった。爆豪は顔をあげた。その視線に気づきながらも背を向けた。
顔を見ることができない。

『全部私にとって大事な思い出。忘れることなんてできなかった』