10 遠ざかる声

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ワックから帰ってきてから頭の中がずっとモヤモヤしている。
気持ち悪い。
取り払いたくてもなぜこうなっているのか分からなくてどうしようもない。
目を瞑れば思い浮かぶのは切島と願野が2人で楽しそうにしている場面。
イライラして仕方ない。
理由も分からないこのモヤモヤと苛立ちに余計にイライラしてくる。

そんな苛立ちに追い打ちをかけるようにして事は起きた。
学校へ登校中、後ろから俺の名前を呼ぶクソ髪の声が聞こえた。
朝からうるさいなと思いながらも足を止めて振り返った。
声の通り後ろから走ってくるのはクソ髪だった。
けどその隣には思ってもいなかった願野の姿。
それも切島と手を繋いでいる。
気のせいか願野の頬が少し赤くなっているようにもみえる。

「…ンでクソ髪と願野が一緒にいんだよ」
「そこでたまたま会ったんだよ」

繋がれていた手はすぐに離れた。
息を切らした願野は手話で挨拶をしてきた。
ほんの少しだけモヤモヤが晴れた気がした。


放課後、職員室の帰りにふと窓から外を見れば願野が1人でベンチに座っていた。

(あいつ放課後まで1人でいんのかよ…)

中庭へ降りようかと思っていると見知った赤髪が視界に映った。

「は…?」

見間違いではない。
そいつはさっきまで同じ教室にいたクソ髪…切島だった。
一直線に願野に近寄って同じベンチに横に並んで座った。
スマホを使って会話をしていたが、会話の内容はもちろんわからない。
ただ願野の頬が朝と同じように少し赤くなっていて、切島も笑っていた。

「んだよ…また…」

忘れていた苛立ちがまた蘇ると同時に胸のあたりが締め付けられるように痛い。
あの2人をみるとこの症状が必ずといっていいほど起こるようだ。

その日から頻繁に2人が一緒にいる姿を見るようになった。
俺を避けているかのように中庭から場所を変え、校舎裏だったり屋上に続く階段近くだったり。
まるで人を…俺を避けるかのようだった。
それにまたイライラして俺は放課後、中庭で願野がくるのを待っていた。
ここに願野が来るかは分からなかったがなんとなく来る予感がした。
その感は当たっていて、願野はやってきた。
きっと今日もこれから切島と会う予定だったのだろう。
中庭に俺が立っていたことに驚いた顔だった。

「…最近会わないな」
《そ、そうだね。やっぱり普通科とヒーロー科じゃ時間が合わないから…》
「でもクソ髪…切島とは会ってるだろ」

願野の表情が変わった。
俺が知らないと思っていたのだろうか。
喋れないからなのか願野の思っていることは表情をみればよく分かった。

「俺避けるようにして会ってんだろ」

だから思い切って聞いた。
朝も昼も放課後も、今までなら毎日とはいかなくても週に1、2度は中庭で見かけたというのに今目にするとすれば決まって切島と2人でいるところだけだ。
切島も願野については何も言わない。
それどころか願野の話題を避けているようにさえ思えた。

《そ、そんなことないよ。たまた…だよ》

嘘だ。
ぎこちない笑顔がそう言っている。
俺には言えないこと。切島にはあんな笑顔を見せるのに俺には見せてくれないのか。
何故だか急に虚しくなり俺は手話をしていた手を止めていた。

「もう会いにこねぇから安心しろ…邪魔はしねぇ」

願野が不安そうな顔をしていた。
けれど俺は何も言えず背を向けてその場を離れた。
途中、切島が中庭へ向かうのが見えた。
やっぱりな。願野は切島といる方が楽しいんだろう。
最初に会ったときだって俺の事ビビってたし。
話すうちに少しずつ距離が近づいてきていた気がしたのに、それも俺の勘違いだったということか。
邪魔はしないと言ったそばから、今も2人でいると思うとやはりイライラして気になってしまう。

俺以外の男と一緒にいてほしくない。
俺の前で笑っていてほしい。
俺の傍にいてほしい。

そんなことを思ってしまう。


「…あぁ…そうか…」

ずっと分からなかったこの感情。
俺にはないことだと思っていたから考えもしなかった。






俺は願野が好きなんだー…