05 足枷

それぞれペアを組み終えた頃、相澤先生とオールマイトが2つの箱を持って登場した。

「今から対戦相手を決めるくじ引きを行う」

今回は制限時間内に敵役となるペアのどちらかを先に捕縛できれば勝ちという単純なルールだった。
対戦の組み合わせで私と爆豪くんは敵役で、相手は先程目が合ったヒーロー科の緑谷くん。そして私と同じ普通科の女の子、蛇目(だめ)さんだった。

「10分後に1組目の試合開始するぞ!」

私達の番は1番はじめ。
他の生徒達はモニタールームへ移動し、私達は所定の位置に向かった。
その道中1台しかないスマホに爆豪くんは素早く文字を打った。

「相手の女の個性なんだ?」
《蛇目さんは目が合った人の動きを止める個性》
「目が合わなきゃいいんだな」
《たぶん爆豪くんの動きを止めにかかってくると思う》

私は耳が聞こえないというハンデがある。
つまり私の動きを封じるより、圧倒的に強くて厄介な爆豪くんを抑え残る緑谷くんが私を捕縛しにくると考えるのが妥当だ。

《緑谷くんの個性は?》
「…筋力増幅系」

どうしてだか少し間があった。
彼の個性がそんなにも嫌なものなのだろうか?
気にはなったけれど、時間もなく深く聞くことはしなかった。

「願野はどっか見つからないところに隠れてろ」
《1人で2人相手するなんて無茶だよ》
「あ"ぁ"!?」

爆豪くんの表情と口の動きで肩がびくっとはねた。
慌ててスマホに文字を打ち込んだ。

《蛇目さんの個性にかかったら負けちゃう》
「あほか。俺1人ならかわせる。お前の方が2人に囲まれたらアウトだろ」

その言葉に私は何も言い返せなかった。
特別気配に敏感なわけでもないし、個性が使えるわけでもない。
ただでさえ音も聞こえないのに視界の外から責められたとき、私はどうすることもできない。

《わかった》
「おう」

これといった細かい作戦を立てることもないまま試合が始まった。

試合の場所は市街地のようなステージだった。
緑谷くんたちのチームとはスタート地点が違うため、いつ、どこで鉢合わせになるか分からない。
ステージ内に開始の合図のサイレンが鳴り響いたようで、爆豪くんは手で合図した。

「行くぞ」

流石に演習中にスマホを持っているわけにもいかず、私は首を縦にふった。
制限時間は30分。
私はできるだけ音を立てないように近くの建物の陰に隠れた。
ここで時間がくるまで隠れているだけ。
自分が相手に見つかるドキドキもあったけれど、爆豪くん1人に任せてしまったことに不安と罪悪感を感じていた。

***

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

開始して5分後、ヒーロー役の2人と遭遇した。
願野の言った通りの個性をもつ蛇目という女は視線を合わせようと視界に入ってくる。
その度に爆破で視界を遮るが、同時に自分の視界を遮ってしまう。

「くっそが!!」

クソナードも背後から攻撃をしかけてくる。
初めての組み合わせのくせに連携攻撃をしっかり仕掛けてくるところが余計にイラつく。
下手に正面を見れば蛇目の個性にかかってしまうため、どうしても下を向くことになってしまう。

「こっちですヨ」
「ちっ!」

爆破の煙に紛れ蛇目が視界の先に潜り込んできていた。
慌てて爆破で視界を遮った。

「うざってぇ!」
「いつまで避けれますカ」
「くっそ」

こんな攻防をどれくらい続けただろうか。
ふと嫌な予感が頭を遮った。

デクがいねぇ。

最初の頃は蛇目と一緒になって攻撃を仕掛けてきていた。
だがいつからだ。
気づけば蛇目の個性に気を取られデクの存在を忘れていた。

「予感大当たりですヨ」
「ちっ」

俺は願野が隠れたであろう場所へ向かおうとしたが、蛇目がそれを許さなかった。

「ワタシから逃げられませんヨ」
「うっせえぇ!!」

目を合わせないように右手のストッパーを引っこ抜いた。


***

度々遠くで煙が上がっているのが見えた。
建物の陰から少し覗いてみると、何メートルも離れた場所で連続して煙があがっていた。

(爆豪くんの個性かな…)

私は息を潜めて建物の陰に隠れる。
1人で戦わせてしまっていることに申し訳なさを感じるが、今私があそこへ向かったとしても足手まといになるだけだ。
でも、ならどうして爆豪くんは私をペアの相手に選んだのだろうか。
戦えないどころか足手まといになる私を選ぶより、もっといい個性の人はいっぱいいたはずだ。

(相手へのハンデにしてはあまりに大きすぎるし…)

色々と考えながらふと顔を上にあげると視界に物影が映った。
頭上から緑色のヒーロースーツを着た緑谷くんが捕縛ようのカフスを手に飛び降りてくる。

(ヒーロー!!)

座っていた私は慌てて建物の陰から飛出し、カフスをつけられずに済んだ。

「はずした!」

辺りを見るが爆豪くんも蛇目さんもいない。
きっと蛇目さんが爆豪くんの足止めをしているんだろう。

「上手くいく自信はないけど…」

緑谷くんが地面を強く蹴り、辺りを軽々と跳びまわった。
素早い動きに目が追いつかない。

「捕縛っ!!」
(うしろ!!)

私は姿勢を低くし後ろからカフスを手に襲い掛かってくる緑谷くんをかわした。
直後に左足を軸に右足をあげ回し蹴りをいれた。
右足は緑谷くんの背中にヒットし、遠くへ吹っ飛ばした。

「ぐっ!!」

吹っ飛ばされたもののすぐに体制を立て直し立ち上がった。

「すごい…個性を使ってないのにこの攻撃…」

昔護身術として練習していた体術がこんなところで役に立つとは思わなかった。
残り10分。
なんとしても逃げ切らなければ。

カフスを手に緑谷くんがあちこち跳びまわりながら攻撃を仕掛けてくる。
私は必至で視界に捕え攻撃を受け流す。
これなら耐えられるかもしれない。
そう思ったとき、緑谷くんの攻撃が変わった。
右手の拳に力が集まっているのが目でも分かる。
きっと彼の個性だ。
あれを生身で受けるには流石に無理があるし、何より怖い。

「うらぁぁぁぁぁ!」
(避けれない!!)

しかし攻撃は私には当たらず、拳は地面を思いっきり叩きつけた。
地面は大きく割れ、爆発したような衝撃で石粒や煙が飛び交う。
それと同時に視界が土煙で遮られた。
衝撃に耐え切れず私は目を瞑ったまま後ろへ吹っ飛んだ。

カチャン。
左手首に何かが取り付けられた違和感があった。
ゆっくり目を開けると土煙は次第に収まり、左手首には捕縛用カフスが取り付けられていた。
その瞬間、少し離れた位置にあった電光掲示板に『ヒーローWIN』と表示されていた。

(負け…た…)

電光掲示板から視線を下に戻すと、数メートル先に掲示板をみて茫然と立ち尽くす姿があった。
爆豪くんだった。
カフスをかけられた私を見たあとに電光掲示板を見た。

「くっそがっ…!」

音が聞こえなくてもわかる。
爆豪くんがすごく怒っていることが。
表情が今までにみたことのないぐらい怖く、私は勝手に手が震えた。

(私のせいだ…)

私はよろけながらも立ち上がると爆豪くんに背を向けて逃げるように走り去った。