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負けた。
この俺がクソナードに負けた。
デクに出し抜かれ急いで追いかけて、やっと姿が見えたとき大きなサイレン音が鳴り響いた。
電光掲示板に表示された『ヒーローWIN』の文字。
デクの近くで尻餅をついた体制で左手に捕縛用カフスをつけられた願野。
負けたのだ。
残りあと5分のところで。
俺よりも下のはずの、この間まで無個性だと思っていたデクに。
負けた。
「くっそがっ!!」
自覚した瞬間、頭の中はデクに負けたというイラつきと悔しさが込み上げてきた。
「あ、願野さん!!」
デクが願野の名前を呼ぶ声でハッとした。
顔をあげると願野が逃げるように走って出口のゲートを通り過ぎていった。
「何やってんだ…俺は…」
「え、かっちゃんまで!?」
走り去っていった願野の背中を追ってゲートを潜り抜けた。
俺が1人でイラつくよりも先に願野に声をかけなければいけなかった。
負けて一番責任を感じてるのはアイツだ。
敗因はどう考えても作戦を出した俺なのに。
自分でも不思議だった。
いつもの自分ならこんなにも相手を気にすることなんてなかったのに。
なんでこんなに気になるんだ。
辺りを見回しながら走ったがどこにも見当たらない。
ふと思いついたのがこの間、願野が1人で昼食をとっていた中庭だった。
授業中で静かな教室の近くをゆっくり通り抜け中庭へとくると、中庭の隅っこの草陰に蹲っている願野を見つけた。
両手で顔を押さえ、肩が震えていた。
ヒック、ヒック、と嗚咽を漏らしていた。
「願野」
俺の呼びかけは勿論聞こえていない。
一歩近づき俺の影が心を覆った。
その影に気づいたのかゆっくりとこちらを振り返った願野の顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、目は真っ赤だった。
俺の顔を見るとすぐに振り返るのをやめ手で顔を押さえ、肩を震わせた。
しゃがみ込み肩を叩くと大きく跳ね上がった。
「こっち向けよ。願野」
頑なに顔をあげない願野の肩を掴み、体ごとこちらに向かせた。
恐る恐る顔を押さえていた手をずらし俺の顔を見る願野と目が合った。
肩を掴んでいた手を離し、俺は右手を額まで持っていきとある動作をした。
「悪かった」
『!!』
この間話した願野の言葉…手話。
手話を俺がしたことに驚いたのか、願野は顔を覆っていたのを忘れぽかんとこちらを見ていた。
だがそれ以上を手話ですることは今の俺にはできなくて、懐に入れていたスマホを取り出し文字を打った。
「負けたのは俺のせいだ。お前のせいじゃないから泣くな」
文字をみた願野は首を横に振った。
自分の胸を叩き自分のせいだというように涙を浮かべ訴えていた。
「違う。もっと願野と作戦立てるべきだった。戦えないって決めつけて突っ走った俺が悪い」
震えている願野の手を握った。
その手は小さく、とても冷たかった。
デクの顔にかすり傷ができていた。あれは俺がつけたものではない。
きっとあれは願野との戦闘でできたもの。
俺がかけつけるまでの間、ずっと戦っていた証だ。
それだけこいつは戦える力があったのだ。
「次は勝つぞ」
俺は願野の体を引き寄せ抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まった願野はあまりに小さくて壊れてしまいそうだった。
少しして落ち着いたのか、願野の涙は止まっていた。
「大丈夫か?」
と問いかければ、まだ気にしている様子ではあったがゆっくり首を縦にふった。
そして俺を指さし、さっき俺がした動作と同じ動きをやってみせた。
どうやら俺が手話をしたことに驚いているようだった。
「あぁ手話か。たまたま見た本に載ってただけだ」
首をかしげる願野は不思議に思っているようだった。
「…だからそんなできねぇし、わかんねぇよ」
たまたまではない。
願野の言葉の手話を知った日の帰り道、通りかかった本屋で手話の本を見つけ、気づいたら買っていた。
家でこっそりと読んで本に載っている真似をするが、実践したのはこれが初めてだった。
願野は【ありがとう】と手話をしたあと、スマホを見せてきた。
《私の言葉、覚えてくれてすごく嬉しい!》
「…っ!?」
にっこり笑っている願野にドキッとした。
今まで感じたことのない感覚だった。
「別にお前のためじゃねぇぞ。使えた方が文字打つ手間が省けるからな」
その言葉に願野はまた嬉しそうにうなずいた。
また心臓が跳ね上がるようにドキっとした。
「戻るぞ。他のやつらがまだやってるだろうし」
《うん!》