14_ファンとして

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朝、ヒーローの活躍したニュースをネットで眺めていた。
ひったくり犯を捕まえたとか、何年にも渡って指名手配していた敵を捕まえたとか、いろんなヒーローのニュースが載っていた。
やっぱりヒーローはすげぇな、なんて単純な感想を呟いてページを閉じようとしたときだった。
いつもは気にしない芸能ニュースが目に留まった。
理由は簡単だった。
一番上の見出しに“モデル ハル熱愛発覚”と書かれていたからだ。

「え…?」

もしかしたら同じ名前の別のモデルかもしれない。
ごくりと唾を飲み込んで、記事のタイトルをタップした。
あとから見なければよかったと後悔した。
記事の見出しの下には、部屋に置いてある雑誌の表紙を飾っているあの“ハル”と子役の時から話題になっている同世代のモデル“ライト”が並んで映った写真が貼られていた。
マスクをつけ帽子を深くかぶっていたため、表情までは分からなかったがこの2人で間違いはなかった。
わかってる。
相手はモデル。俺みたいな一般人の手の届くような人じゃない。
だけれど本気で好きで想い続けていた。
心臓が止まったように感じた。

どうやって学校まで行ったのかも覚えていない。
気が付いたら上鳴が横を歩いていて、いつものように可愛い女子がいただの話していた。
教室に入って来栖の顔をみつけどうしてだか少しホッとした。
いつものように笑って声をかけようとしたけれど、それより先に来栖が見ていた雑誌が視界に入ってきた。
笑おうと思ってたはずが、うまく口が開かなくて、どうやって笑うのか分からなくなっていた。
来栖が困った顔をして声をかけてくれたけど、大丈夫、としか言えなかった。

その日、どんな会話を誰としたのかも覚えていない。
明日はちゃんと皆に元通りの元気な姿みせないとな、もちろん来栖にも。
とシャワーを浴びて眠りについた。

次の日、不思議なことに気持ちは少し落ち着いていた。
SNSではまだハルとライトの熱愛にショックを受けている書き込みがあったが、俺は昨日ほど強く心が締め付けられる感覚はなく、いつも通り学校に向かった。
とにかく来栖には笑って挨拶しないと。
けれどその日から来栖は学校に来なかった。
今まで遅刻してきたり早退したり、学校を休むことは多かったが連日休むことはなかった。
先生は家庭の事情と言っていた。
麗日や梅雨ちゃん、他の生徒もみんな心配していた。
こんなとき来栖のLINEを聞いておけばよかったと後悔した。

「大丈夫って返ってくるから大丈夫なんやとは思うけど…」

麗日が後ろの席で会話をしているのが聞こえた。

「麗日、来栖のLINE知ってるのか?」
「うん。知っとるよ。この間教えてくれたよ!」

聞いていいものかわからなかったけれど、麗日から来栖のLINEを聞いて迷いながらもメッセージを送った。
授業が終わってスマホを確認してみたが来栖からの返信も既読もついていなかった。

「なぁ、切島!今日××地区の広場に行こうぜ」
「へっ?なんで」
「撮影やってんだってさ」

帰る準備をしていると上鳴が上機嫌で誘ってきた。
なんの撮影か聞いても教えてくれず、いいからいいから、と言われ上鳴の後をついていった。

広場には既に人だかりができており、前で何をやっているのか見えなかった。
俺と上鳴は少し離れた丘になっている場所から広場を見下ろした。
数台のカメラに休憩用に建てられたテントが見えた。
辺りが騒がしいことから今は休憩中だろうか。

「なぁ上鳴、なんの撮影なんだよ」
「んー…お、でてきたぞ!」

観客の声が一段と大きくなった。
声につられて目をむけると、そこには撮影用の制服を着た女子高生…ハルがいた。

「ハル…」

思わず声が漏れた。その瞬間ハルがこちらを向いた。
少し離れているし気のせいかもしれないが目が合ったような気がした。

「おい、切島!こっち見たぞ!」
「え、あ…あぁ」

すぐに近くにいた観客に笑顔を見せて手を振っていた。
あれほど雑誌やワイドショーで騒ぎになっていたのに、何事もなかったかのような対応はプロだと思った。
休憩中だろうというのに見に来た人、ひとりひとりに握手をしてまわっていた。

「切島、行こうぜ!」
「え、おい…!」

上鳴がしびれをきらして人だかりの方へとおりていく。
あとに続くように俺も走ってその中へと入って行った。
この目でみるのは握手会の日以来だ。けれど、つい最近まで会っていたような感覚があった。
近くまできてまた視線が合った。
上鳴に背中を押され前へでた。

「あ…えっと…」

上手く言葉が出なかった。言葉に詰まっている俺をハルは黙って待っていてくれた。

喉に詰まった言葉を吐き出そうと顔をあげたとき、視界の端にテントを支えていたポールがぐらりと傾いたのが映った。

「危ない!」
『えっ…』

咄嗟にハルの肩を引き寄せ倒れた。
テントが大きな音を立てて崩れ、近くにいた観客が悲鳴をあげた。
前日にこのあたりは雨が降り、地面が安定していなかったために崩れたようだった。
スタッフがすぐに駆けつけ、キャストや観客に怪我がないかを確認していた。
幸い硬化の個性を発動させていたおかげで、俺もハルも怪我はなかった。

『あの…』

スタッフから怪我がないかの確認を終えたあと、ハルが声をかけてきてくれた。
さっきは咄嗟のことだったけれど、改めて声を聞くと心臓がドキドキと早く動く。

『さっきはありがとうございました』
「い、いえ!無事でよかったです!」
『また…あなたに助けられましたね』
「え…?」

ハルはゆっくりと近づいてきて、俺の目の前に立った。
視線を少し下に下げ、両手で俺の右手を包み込んだ。
まるで握手会の時のように。

『信じてください。烈怒頼雄斗さん』

ハルの言葉の意味が分からなかった。
そういえば握手会のときも何か言っていたような気がする。
言葉の意味を聞く前にハルは手を離し、スタッフのもとへと走って行った。