16_意外な理解者

切島くんを好きでいるのをやめる。
想いを断ち切る決意をしてから切島くんと話す機会は減った。
減ったというよりも、わたしからわざと避けているから当然のことだった。
その度に少し悲しそうな表情をする切島くんが視界の端に映り、胸が痛んだ。

『はぁ…やっぱりわたしって最低だな…』

放課後、ひとり教室に残ってため息交じりに呟いた。
いつもにぎやかな教室はわたし一人になると、とても静かで鳥の鳴き声がよく聞こえる。
日が沈み始め、窓から見える夕日がまぶしい。
今日も切島くんを避け続けた。
交わした言葉は朝の挨拶だけ。
授業が終わったあとやお昼休みのとき、切島くんは何度も声をかけようとしてくれていた。
それを知っていてわたしは避けた。

『もうやめたい…』
「やめればいいだろ」
『えっ…?』

ひとりのはずの教室で、わたしの呟きに答える声がした。
伏せていた顔をあげると、前の扉からクラスメイトの爆豪勝己が入ってきた。
入学して数か月経つが彼と言葉を交わしたことは一度もない。
何よりヒーローらしからぬ言葉づかいや態度が怖くて、近づくことすらできずあまり関わりたいとも思わなかった。
切島くんと一緒にいるのをよく見るがどうしてもいい人とは思えなかった。

「悩んでうだうだ言うぐらいならやめればいいだろ」
『そ、そんな簡単にやめれないから悩んでる…です』
「はっ。なんで敬語なんだよ」

爆豪くんは机からノートを取り出し鞄にいれた。
忘れ物を取りに教室に戻ってきただけだったようだ。
そのまま教室を出ていくのかと思うと、わたしの斜め前の席の机に座った。

「そんなにクソ髪が嫌いなんか」
『えっ!?な、なんで切島くんって…』
「見てれば誰だって気づくだろ。あのクソ髪が毎日溜息ばっかつきやがってうぜぇ」
『嫌いじゃない…嫌いなわけ絶対ない…』

嫌いになれたらどれだけ楽だろうか。
どれだけ嫌なところを探しても見つからない。
それどころか好きなところしか目に入らない。

「めんどくせェやつだなお前。“ハル”のときとはえらい違いだな」
『だ、だってそれは仕事だから…って、え?』

爆豪くんの口から出るとは思っていなかった名前。
思わず変装でかけていた眼鏡と、かぶっていたウィッグを触って来栖心晴の恰好をしていることを確認してしまった。

『な、なんで知ってるの…爆豪くん』
「は?んなもん見りゃわかるだろ」

どこに持っていたのか、表紙を飾った雑誌を机の上に投げ置くように出された。
自分で言うのもおかしいかもしれないけれど、どこからみても別人だ。

『いやいやいや!だってみんな気づいてないし!』
「にぶいだけだろ」
『爆豪くんが鋭いだけでしょ!』
「つーか隠してんのに簡単に認めていいのかよ」
『あ…』

あまりに突然だったため、否定することを忘れてしまっていた。

『他の人には…言わないで…ください』
「別にベラベラ言うつもりはねぇよ。興味ねぇし。ただクソ髪がお前に避けられてウジウジするのがうぜぇんだよ。だからどうにかしやがれ」
『ご、ごめんなさい…』

はっきりとしないわたしの態度に呆れたのか、爆豪くんは溜息をついた。
“ハル”でいるときは演じている感覚だから言葉がスラスラと出てくるけれど、素の“わたし”でいるときは思うように言葉がでてこない。

「好きなら言えばいいだろ。本人に」
『なっ…だから何で爆豪くん知ってるの!!?』
「あ″?視線感じると思ったらテメェがずっと俺の隣にいる切島見てるからだろうが」
『うっ…』

確かに切島くんを目で追うとき、ばれないようにと時々爆豪くんに視線を変えていた。
まさかハルであること意外にも好きだということまでもバレているとは思わなかった。
誰にもバレていないと思っていたことが爆豪くんに全部筒抜けで知られていたことが恥ずかしくなり、頬が熱くなる。

「で?いわねぇのかよ」
『言えないよ…わたしがそれを口にしちゃったら切島くんに迷惑かける…』

“好き”という返事をもらえるとは思っていない。
けれど万が一それが実現してしまったら?わたしがハルだとバレたら?
この間のようにきっと記者が張り付いてくる。わたしだけじゃない、きっと切島くんにも記者は張り付いてくる。
これからヒーローになろうとする彼にそんな負担をかけたくない。
それにわたしは自分がハルであるということを隠している。
本当のことを隠したまま好きだなんて言えるわけがなかった。

「めんどくせぇな…お前ら。まぁお前頑固そうだし、そう決めてんならもう何もいわねぇよ」
『爆豪くん…』
「切島の溜息はうざくて仕方ねぇから喋るくらいはしてやれよ」
『うっ…努力はします…』

爆豪くんは席を立つと鞄を肩にかけ両手をズボンのポケットにつっこんだ。

『爆豪くんって実は優しいんだね』
「あ″ぁ″?実はってなんだよ。俺はいつでも優しいわボケ!」
『へへへ。口は悪いけどもっと怖い人かと思ってた』
「うっせぇ!!」

誰にも話せず悩んでいたせいか、爆豪くんと話して気持ちがずいぶんと軽くなった。
正直、まだ切島くんと話すことには躊躇いがある。
きっと話せば話すほど好きの気持ちが膨らんでいく。
またうだうだと考え始めていると、爆豪くんが教室の扉の前で立ち止まった。

「何してんだ。帰んだろうが」
『あ、うん!』

爆豪くんの後を追うようにわたしも鞄を持ち教室をあとにした。