18_遠ざかる距離

切島くんと距離を取り始めて数週間が経った。
その間に雄英高校は全寮制を導入し、距離を取っていたはずの切島くんと顔を合わせやすくなった。
流石に挨拶は交わすけれど、それ以外の会話は全くなかった。
放課後はマネージャーに頼んで仕事を入れてもらい、先生たちに了承を得て夜にこっそりと帰ってくる。
そんな日が多くなった。
今日も仕事が予定の時間より押し、夜の11時を過ぎていた。
明りは消え、全員すでに就寝しているようだった。
足音を立てないようにゆっくりと自室へと向かった。

(今の時間ならシャワー使っても大丈夫かな)

普段は変装がばれないようにシャワーを浴びるのもわざと時間をずらしていたけれど、寝静まった今ならそれを気にする必要もない。
伊達眼鏡を自室の机に置き、タオルと着替えを手にシャワールームへと向かった。

シャワールームにはやはり誰もいなかったが、夜も遅いため5分程度でシャワーを浴び終えた。
かぶっていたウィッグは汗もかいていたためかぶることはできず、持ってきていた鞄の中へとしまった。
長い金髪の髪をひとつに束ね、頭からバスタオルをかぶった。

(さすがに誰もいないし、さっさと部屋へ戻れば変装しなくても大丈夫だよね)

伊達眼鏡も部屋に置いてきてしまい、一切変装をしないままシャワールームを出た。
暗い廊下を歩きながら共同スペースを通りかかったときだった。

「ん?誰だ?」
『え?』

よく聞き覚えのある声が後ろからした。
振り返ると少し離れたところにいつもとは違い髪をおろした切島くんがTシャツ姿で立っていた。

「その声…もしかして来栖?」

変装もしていない自分の恰好を思い出し、わたしは頭からかぶっていたバスタオルを強く握りしめた。
今まで避けてきた気まずさと、今の姿がバレたくないという思いもあって、わたしはその場を走り去ろうとした。

「ま、待ってくれ!」

走り出そうとしたわたしに切島くんは呼び止めた。
無視して走り去ることもできたけれど、どうしてもそれができず足を止めた。
ゆっくり振り返るが暗くて切島くんの表情はわからなかった。

「少しだけ、少しだけでいいんだ。俺の話…聞いてくれないか」

その声はいつもの元気のある声ではなく、落ち着いてしっかりした声だった。

「来栖さ…俺の事嫌いになった?」
『そんなわけない!』

自分でもびっくりするぐらいの大きな声だった。
誰もいない静かな空間だったからか余計に声が響いた。

「そっか…よかった…。最近避けられてるみたいだったから何か悪いこと俺がして嫌いになったのかと思った」

安心した溜息が同時に聞こえた。
切島くんは何も悪くない。わたしが勝手に切島くんを避けているのに、そんな風に思わせていただなんて。

「でもおかげで気づいたことがあったんだ」
『気づいたこと…?』
「この間の帰り道、本当は何言おうとしたのか自分でも分からなかったんだ。でも上鳴たちに言われてやっとわかった」

ドクン、ドクンと心臓が音を立てる。


「俺、来栖が好きだ」


静寂に包まれていた共同スペースにしっかりと響いた切島くんの声。
入学前からずっと願っていたことを今、切島くんが口にした。
聞き間違い?わたしのことを好きだって言った?
頭の整理が落ち着かない。

「ハルのことが好きだって言っておきながら勝手かもしれないけど…俺嬉しかったんだよ。
手の届かないモデルを本気で好きだって言って、笑わずにちゃんと聞いてくれたこと…。
他にもいろいろ理由はあるけどさ、気づいたら好きになってた」

切島くんのひとことひとことに、わたしは涙が出そうになった。
ハルじゃない本当のわたしを見てくれたことが嬉しかった。
でもわたしが返事をしてしまったら、切島くんの夢を壊してしまうかもしれない。
それにわたしはハルであることを隠して、切島くんの話を聞いていた卑怯者だ。
現に今もタオルで顔を隠して正体を見せないようにしている。

「来栖?」

ごちゃごちゃと考えていると、すぐ近くで切島くんの声がした。
顔をあげると、切島くんの顔がすぐ近くまできていた。

「駄目!」

顔を覗き込もうとする切島くんに思わず両手で突き飛ばすように距離を取ってしまった。
突き飛ばしたあとに我にかえった。

「あ、あの…ごめ…」
「…わりぃ、迷惑だったよな。近づくのも駄目なぐらい嫌いだったんだな」
「ち、ちが…」

違う。そう言いたいのに口が思うように動かない。
切島くんは振り返ることなく男子棟へと暗闇の中消えていった。
後を追わないといけないと思うのに足が地面に縫い付けられたように動かない。
わたしはしばらく切島くんが消えていった方向をじっと見ていることしかできなかった。