19_わたしの気持ち

「それじゃあ10分の休憩にはいりまーす!」

撮影スタジオでスタッフさんの声が響いた。
お疲れ様です。と軽く頭をさげながら、わたしは近くの休憩スペースの椅子に腰かけた。
置いてあった自分のスマホを手に取りメッセージアプリを起動させた。
クラスの女子のグループメッセージが何件か入っていたが、その下にある“切島くん”のメッセージ画面をタップした。
最後のやりとりは数週間前。
何度もこの画面を開いて文字を打っては送信せずに画面を消していた。
あの日からもう何日経っただろう。朝、教室に入ってきて挨拶を交わすことすらなくなってしまった。
それどころか切島くんの方からわたしを避けるようになった。
完全に切島くんに嫌われてしまった。

『はぁ…』
「どうしたのハル。最近のあなた何か変よ?」

マネージャーが飲物を片手にやってくると、わたしの隣の空いている椅子に腰かけた。

『…クラスメイトに誤解されて嫌われたかもしれない…』
「…もしかして男の子?」
『えっ…いや…』

マネージャーがじっとこちらを見つめた。
つい数か月前にスキャンダルを報じられたばかりで、マネージャーからも気を付けるようにきつく注意されていた。
クラスメイトと濁しては言ったけれど、それが男の子との悩みだとばれたらマネージャーは呆れるだろうか。
マネージャーの鋭い視線に嘘をつくことはできず、わたしは首を縦にふった。

「好きな子なの?」
『ふぇっ!?な、何言ってるの!?』
「好きな子なのね」
『………うん』

わたしがモデルになって2年と少し。
マネージャーとの付き合いも同じぐらいの年数だけれど、わたしのことをよく分かっている。
どんなに上手に誤魔化せたと思っても、マネージャーにはすぐ見透かされてしまう。

「どうせあなたの事だから相手に迷惑かけるから〜とかごちゃごちゃ考えて、結果的に相手に誤解されたまま話せなくなったとかでしょう?」
『な、なんでわかるの!?』
「わかるわよ。2年も近くで見てるんだから」

鋭かった視線が少しだけ和らいだように見えた。

「心晴、わたしはね恋をするな、とは言わないわ。ただ恋ばかりに夢中になって仕事を疎かにしてほしくないの」

マネージャーがわたしのことを“ハル”ではなく”心晴”と呼ぶときは、仕事としてではなく1人の知人として話してくれるときだ。

「確かに付き合うことになれば相手にも迷惑がかかるでしょうね。でもそれを迷惑と決めるのはあなたじゃなくて相手よ」
『…でもわたしは切島くんにも本当のこと話さず正体隠して…嘘ついてる…』
「その子のこと信頼してないの?」

問いかけにわたしはすぐに首を横に振った。
その反応にマネージャーはくすっと笑った。

「なら話せばいい。話してわかってもらえばいいじゃない。その子に影響されて雄英に入ったんでしょ?」
『マネージャー…』
「まぁ大騒ぎになって周囲にバレるのは困るから、その辺はしっかり注意しなさいよ」

優しく頭をなでられ目頭が熱くなった。
撮影が残っていなかったらきっと涙がこぼれていただろう。
わたしはぐっとこらえて頷いた。

「しっかり自分の気持ちを言いなさい。あなたは我慢する癖があるんだから」

にこっと笑うとマネージャーは立ち上がり、スタジオを出た。
10分休憩ももうすぐ終わる。
わたしはメッセージアプリを起動させ、文字を打った。
今度は文字を消さず、送信ボタンをタップした。

「撮影再開しまーす!」

スタッフの声が再びスタジオに響きわたしはスマホを置いて立ち上がった。