21_言えなかったこと
「今日の撮影はここまでです!お疲れ様でした!」
スタッフの終了の声を聞くと、わたしは「ありがとうございました!」と頭をさげ、すぐにスマホに駆け寄った。
画面を開くとメッセージが1件入っていた。
それは休憩中に切島くんへ送ったメッセージの返信だった。
わたしがメッセージを送った10分後に返ってきていた。
≪わかった。夜10時に共同スペースで待ってる≫
時計を見ると時刻は既に21時半をまわっていた。
『やばいっ…間に合わない!』
わたしは急いで控室へ向かい着替えた。
変装も忘れないようにウィッグをかぶり、伊達眼鏡をつけた。
控室の扉を開けると丁度マネージャーが部屋に入ってくるところだった。
「あらもう準備できたの?」
『マネージャー!今日は早く帰らないといけなくて…』
「わかったわ。わたしもすぐ行くから駐車場に先にいってて」
マネージャーの車に乗り込み、寮まで帰ってきた頃には時刻は23時前になっていた。
約束の時間から1時間も遅れているうえに、こんなときに限ってスマホの電池が切れてしまい、連絡をとる手段がなくなっていた。
わたしは車から降りると雄英敷地内の中を寮目指して全速力で走った。
寮まで徒歩5分の距離だったか、全力で走ると寮の入口まで着くころには息が切れていた。
玄関の扉を開け中に入るが、当然明りは消えていて真っ暗だった。
息を切らした音だけが静かな空間に響いた。
(さすがにもう待ってない…よね)
暗い廊下を歩いていると共同スペースから光が少し見えた。
覗いてみると、共同スペースの一部だけ電気がついていた。
『切島くん…』
「よ、よぉ」
切島くんはソファに座って待っていた。
『ご、ごめんなさい…遅くなって…スマホ電池切れちゃって…』
「いいよ。俺が勝手に時間指定したんだし。それより座れよ、走ってきたんだろ」
切島くんは立ち上がると、キッチンからコップに冷たい水を入れて持ってきてくれた。
ありがとう、と言ってコップを受け取り水を口に含んだ。
水を飲み終え呼吸が落ち着き、口を開こうとしたときだった。
「ごめん!!」
切島くんが頭をさげて言った。
わたしは驚いてしまい口に出そうとしていた言葉を飲み込んでしまった。
「俺、漢らしくねぇことしちまった。来栖に嫌われたからって避けてた…そんなことしていいわけないのに…本当にごめん!!」
『切島くんは何も悪くないよ!悪いのは…わたしだから…』
頭をあげた切島くんと目があった。
赤い瞳にわたしが映る。
『わたし…切島くんのこと嫌いになったことなんて一度もないよ』
切島くんにメッセージを送ってから頭のなかで伝えることを何度も何度も考えた。
でもいざ目の前にすると考えていたことが頭の中から消えてしまった。
それでもわたしは、なんとか思いを伝えたくて目は逸らさなかった。
『この間…切島くんに近づいて欲しくなかったのは理由があるの。切島君に…ううん、クラスの皆にも秘密にしてることがばれると思ったから』
「秘密?」
膝の上に置いていた手で伊達眼鏡を取った。
もう片方の手でウィッグを掴み、切島くんと目が合ったままウィッグを取った。
長い金髪が流れるようにウィッグから落ちた。
切島くんの目が大きく開いた。
「ハル…?」
『昨日シャワー終えた後に変装もせずだったから近づいたらバレちゃうと思って…ごめんなさい』
「そっか…来栖がハルだったんだ」
『切島くん?』
「なんかさ、すごい納得してるんだよな。後だしっぽく聞こえるかもしれないけど、やっぱりっていうかそうだったらいいなって思ってたんだと思う」
久しぶりにみた切島くんの笑顔に鼓動が速くなる。
わたしは最初から全部話した。
スカウトされたときのこと、中3の春に友達やクラスメイトに言われていたこと。
それがトラウマなのもあって変装していたことも。
そして切島くんに助けられてヒーローを目指すと決めたこと。
「マジか…俺、中学の頃に会ってたのかよ」
『あのとき帽子かぶって眼鏡とマスクしてたからわからなくて当然だよ』
「ヒーロー目指すきっかけ…俺だったんだな。なんかはずいな」
少しだけ頬を赤らめながら切島くんは片手で口を隠しながら言った。
『助けられたあの日からずっと切島くんのこと想ってた。告白してくれたとき夢なんじゃないかって思うぐらい、すっごく嬉しかった』
入学したときには話すことすらできず、ただ目で追うことしかできなかった。
少しずつ話すようになって、気づいたら想いを口にしてしまいそうなほど近づけた気がする。
『けど私がそれを言葉にしてしまったら、きっと切島くんに迷惑をかけてしまう』
「迷惑?」
『この間のスキャンダル、あれは本当にデマだったけどもしあの相手が切島くんで真実だったらって考えてみた』
目を閉じて何度も想像した。
記者や記事をみたファンから色んなことを言われたり、張り付かれたりするかもしれない。
『そしたらヒーローになる切島くんの邪魔になるって思った。わたしのせいで切島くんの未来を潰したくない』
「迷惑って…俺は」
『でも!…それでもわたしは…勝手だから…』
感情が込み上げてきて声が震える。
目に溜まっていた涙が溢れだし、頬を伝って落ちていく。
『迷惑かけるって分かっても切島くんの隣にたいって思った!』
顔をあげると切島くんの顔はすぐ横にあった。
優しく抱きしめられていた。
「俺は迷惑だなんて絶対思わないし邪魔になんてならない。むしろ来栖がいないほうが困る」
溢れだしていた涙がゆっくりと止まった。
「それに俺の初恋はハルで好きになったのは来栖だ。俺は来栖しか好きになれないんだよ」
『切島くん…』
「俺はモデルのハルも目の前にいる来栖心晴も大好きだ」
抱きしめていた腕をほどき、しっかりと目を見て言われた。
耳まで真っ赤になっている切島くんの手は少し震えているように感じた。
「俺と付き合ってください」
切島くんの大きな手がわたしの両手をぎゅっと握った。
その手はわたしよりも熱かった。
『はいっ!』
止まっていた涙が再びあふれ出した。
今度の涙はさっきまでの不安の涙ではなく、胸がいっぱいで幸せの涙だった。
『わたしも切島くんが大好きです』
ずっと言いたかった言葉。
やっと言えた言葉。
これから大変なことがきっといっぱいある。
だけど切島くんとなら一緒に乗り越えられる。
そう思った。
「これからよろしくな」
『うん!』