結局俺は卒業まで彼女と喋ることは一度もなかった。
彼女が雄英に受かったということは担任に受験結果を報告しに行ったときに聞いた。
自分の合格も嬉しかったが、彼女が合格していることがどうしてだかホッとしていた。
雄英に入学して数週間、学科が違うせいもあってか彼女と会うことは一度もなかった。
本当に雄英にいるのかと疑ってしまうぐらいにすれ違うこともない。
今までに体験したことのない感情にモヤモヤした毎日を送っていた。
たまたま朝早く目が覚めて登校した日。
誰もいない学校は物凄く静かで、足音さえも鮮明に聞こえる。
下駄箱で靴を履きかえていると、こちらへ向かってくる軽い足音が聞こえた。
なんとなく顔をあげると目があった。
彼女と
時が止まった、という言葉が初めてピンときた。
雄英の制服を着た彼女を初めてみた。
しばらくなかった心臓が跳ね上がるような感覚。
合った目線はすぐに逸らされ、彼女は自分の下駄箱へ小走りで向かった。
俺も止めていた手を動かし靴を履きかえ、すぐに彼女の向かった下駄箱へ足を進めたがもう彼女はいなかった。
彼女と話してみたい。
その思いはすぐに実現した。
実技演習の時間、担任の相澤先生に集合をかけられ集まってみれば、先生の横に彼女が立っていた。
『さ、サポート科の神治癒月です。個性で大怪我以外だったら治せるので頼ってください。よ…よろしくお願いします』
前の方にいた他の生徒が声をかけているのを見てどうしてだかイライラした。
授業が終わったら声をかけよう。
そうすればこのモヤモヤの原因も解けるかもしれない。
そう思っていたとき、敵の襲撃が起きた。
黒いワープゲートに飛ばされ、目が覚めたとき横に気を失っている彼女がいた。
「おい、しっかりしろ!」
『ん……』
見たところ怪我はないようで、飛ばされたショックで意識を失っているだけだった。
だが安心している暇はなかった。
すぐに雑魚敵に囲まれてしまった。
気を失った彼女を守りながら戦うには、あまりに数が多すぎる。
少しして爆発音や騒音で目が覚めた彼女は状況が呑み込めていなかった。
物陰に隠れさせると、ようやく思い通りに戦うことができた。
敵を片づけ終え彼女の様子を伺えば、驚いたのか間抜けな声をあげた。
「なに間抜けな声だしてんだよ」
俺にビビってることはなんとなく感づいてはいたが、目の前でビビられると少し気にいらなかった。
けれど彼女は震える手を俺の頬や腕に当てた。
「何やってんだよ」
『き、傷の手当を』
「ンな傷ほっといても治るわボケ」
『駄目だよ!たとえ小さな傷でもここから菌が入ったら大変なことになるんだから!』
ビビっていたはずの彼女が大きな声を出したことに驚いた。
彼女も自分が大声をあげたことにハッとなり、すぐに静かになった。
ビビりながらも自分の意思を曲げないことに俺は思わず笑ってしまった。
初めて交わした会話だったが俺のモヤモヤは解消されなかったがあと少しで何か分かる気がした。
けれどそれを邪魔するかのように敵はやってきた。
さっきの敵より強いことは俺も彼女も直感で分かった。
しかしここで戦えるのは俺だけ。逃げるわけにはいかない。
口には出さないが多分俺はビビっていた。
震える彼女が俺に個性をかけたとき、自然と守らなければと思った。
彼女の個性のおかげもあって敵を倒すことができた。
これで一安心のはずだった。
「神治…?」
声をかけたが返事はない。
先ほどまで怪我ひとつなかったはずなのに、両腕に酷い火傷の痕。
頭に嫌な予感がよぎった。
そこから病院に着くまでの記憶はない。
気づけば手術室の前の長椅子に座っていた。
先生からは帰るように促されたが、俺はそれを拒んだ。
彼女の倒れている姿が頭から離れなかった。
しばらくして手術は終わり、無事に成功した。
腕には包帯を巻かれ、しばらくは動かせないことを聞いた。
そして個性のことも。
「くっそが…なんであいつ…言わなかったんだ…」
「…それは本人から直接聞けばいい。警察と話をしてくるから爆豪、少しだけ頼んだぞ」
相澤先生が席を立ち、俺は花瓶に水を入れ花をさした。
彼女が俺に嘘を言った事に腹が立ったのも事実だが、それよりも彼女を守りきれなかった自分に対して腹が立った。
病室の扉を帰ると、右手をゆっくりと動かそうとしている彼女がいた。
「…!目、覚めたンか」
まだ寝ぼけているのか彼女は瞬きを数回すると小さくうなずいた。
俺が怪我をしていないことに安心すると、彼女は小さくため息をはいた。
自分の事より人の事を先に心配する彼女に俺は問い詰めるように嘘の個性について問いただした。
『ふ、2人で…生きて逃げるためにはあの方法しか思いつかなくて…』
「!」
『私は臆病で…戦える個性も持ってなくて…でも、誰かを見捨てて1人で逃げるなんてできなかった…』
思ってもいなかった言葉だった。
どちらかが犠牲になって助けるというのは漫画などでよく見た光景だった。
現に俺もその方法を取ろうとしていた。
2人で生き残るなんて無理だと思っていたのだ。
それを彼女は違う選択肢を選んだ。
包帯の巻かれていない右手の甲に自分の手を置いた。
この小さな手に俺は守られた。
これからは俺が守りたい。
2度とこんな怪我をさせない。
こいつと一緒に生きたい。
少し驚いた顔をした彼女と目が合った。
(あぁ…そうか…やっとわかった…)
ずっと分からなかったこの感情。
俺は神治癒月が好きなんだ
それから彼女と距離を縮めるためにどうすればいいのか考えたが何も案は出てこなかった。
今まで好きという感情を持ったことがない俺はどうすればいいか分からなかった。
腕を怪我させたことへの責任を感じていたことは本当だったが、少しでも話すきっかけが欲しくて俺は昼飯に彼女を誘った。
そこでもまた言い合いになり、一歩も主張を崩さない彼女に思わず笑ってしまった。
その後も繋がりを持ちたくてわざと辞書を忘れたふりをして貸してもらったり、返すために帰りに待ち合わせたりといろいろと口実を作っては彼女と会う時間を作った。
帰り道に「優しい人」と言われ俺は驚きのあまりつい暴言を吐いてしまった。
すぐに顔を逸らしたが見られていなかっただろうか。
鏡を見なくてもわかるぐらい顔に熱が集まって赤くなっている。
少しずつ近づく彼女との距離。
けれどそれはたった1人との出会いで離れていくなんて思わなかった。