10_あのとき

***

『うー……』
「朝から何変な声出してんの」

朝から驚くことの連続で教室に入るなり私は机に顔を伏せた。
爆豪くんと登校することになるだけでもびっくりだったのに、まさか電気と再会するなんて思わなかった。
ちゃんといつも通り笑えていただろうか。自然な会話ができていただろうか。

「なに?元彼にでも会ったの?」
『なんでそんなに鋭いの?!』
「あ、そうなの。適当に言ってみただけなんだけど」

伏せていた顔をあげると、前の席に座っていた友達は自分で作った発明品をいじっていた。
高校に入ってからできた友達だけれど、彼女は物凄く感がよく何でもお見通しだった。

『自然消滅というか…私が転校して逃げた感じだから気まずいというか…』
「未練があるの?」

未練があるかと言われればよくわからないが、今思えばあのときの私は最低だったと思う。
電気が他の女の子にナンパしているのを見てショックだったのは確かだ。
私のことはどうでもよくなったんだと、他の女の子の方が魅力的なんだと諦めた。
その結果、避け続けて最終的には何も言わずに転校して電気とは終わった。
自分の気持ちを伝えることも無く。

「私はてっきり癒月は爆豪が好きなんだと思ってたけど」
『はっ!?ばばばば、爆豪くんを好き?』
「だってそうでしょ?昨日のお昼のあとイメージと違ったとか言ってたし、普通に喋ってたじゃん」
『あ、あれは本当に怖いイメージと違ってたからであって…好きとは違う…と思う』

心臓がドキドキしていた。
好きか嫌いかで言えば嫌いではない。
けど好きかと言われれば何も言えない。
たしかに顔はいいし個性もいい。
性格も怖いところはあるけど、優しいところもある。
仮に好きだったとしても付き合うイメージなんてできないし、まず好かれる自信がない。

ピロン

ごちゃごちゃと悩んでいる時、スマホの着信音が鳴った。
画面には新着メッセージが届いていた。

《ひさしぶり!よかったら昼飯一緒に食べないか?久々に会ったんだし、いろいろ喋りたい!》

電気からのメッセージだった。
中学から変わらないアドレスだったが、転校すると同時に電気とのやりとりは消してしまっていた。
朝も電気から逃げるように立ち去ってしまって正直会いにくい。
でも今ここでまた逃げたらあの時の自分と一緒だ。

《いいよ。昼休み食堂で待ち合わせでどう?》
《マジで!?やった!わかった!食堂な!!》

私が返事を送るまでに何分もかかったというのに、電気からは1分も経たないうちに既読がつき返事が返ってきた。
メッセージのあとには中学の頃よく使っていた、名前は覚えていないけれど何かのキャラのスタンプが送られてきた。
私も適当にスタンプを選んで送り返しスマホの画面を消した。



昼休みになると私は財布を手に席を立った。
電気とこれから会うと考えると授業に全く集中できなかった。
ちゃんと笑えるか、ちゃんと喋れるか、ちゃんと中学の頃の話ができるのか。
頭の中は不安でいっぱいだった。

「よっ」
『で、電気!?』
「早く終わったから…きちまった」

教室の扉を開けると電気が既に教室の前に立っていた。
食堂に着くまでに気持ちを落ち着かせようとしていたため、私はたぶん気持ちが顔に出ていたと思う。

「今日の実技演習めっちゃやばくてさー」

食堂につくまで電気はヒーロー科の授業の話をしていた。
私は隣でただ相槌を打っているだけだった。
話が終わりそうになればすぐに新しい話題をみつけて話をつなげようとしてくれる。
きっと空気が重くなるのを感じて電気なりに気をつかってくれてるんだと思った。

(変わらないな…こういう優しいところ…)

賑わう食堂で空いていた隅っこの席に向かい合って座った。
席に座ってしばらくは互いに喋ることなく、それぞれが頼んだものを食べるだけだった。
いつ喋ろうかとタイミングを見計らっていると、先にしびれをきらしたのは電気だった。

「ごめん」
『え?』

食べる手を止め、持っていた箸を皿の上に置いて電気は頭を下げた。
大きな声じゃなかったことと、食堂内が他の声で騒がしかったため電気の声は周りには聞こえていなかった。

「あのとき俺…癒月に最低なことした」

あのときとは中学の頃のことを言っているんだとすぐにわかった。



転校が多かった私は新しい中学に入ってもなかなか友達ができなくて、ひとりでいる事が多かった。
同じ小学校からのあがった人たちが多く、どのグループにも入れず昼休みはお弁当を持って誰もいない校舎裏で1人で食べることが当たり前になっていた。


「あれ?ひとりなの?」

いつも静かな空間に初めて知らない音が入ってきた。
顔をあげると金髪の男の子が私を見下ろしていた。
たぶん私とは違う世界の人。

ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ

低い音が鳴り響いた。
その音の正体は目の前に立っている男の子のお腹からだった。
恥ずかしそうに慌てて男の子は両手で自分のお腹を押さえた。

「はははは。先生に呼び出されてて昼飯買いそびれちまって」
『えと…食べる?』

持っていた弁当を彼に差し出した。
自分でもどうしてこんなことをしたのか分からない。

「え、いいの?でもあんたの分なくなっちゃうじゃん」
『私は大丈夫。そんなにお腹空いてないし、午後も座ってるだけの授業だから…』
「じゃあ半分ずつ食べよ。全部貰うのは流石に悪いわ」

男の子は私の隣に座ると指で卵焼きをつまむと口の中にいれた。
いつも静かで私しかいなかった空間に1人増えた。
隣で美味しそうに食べる男の子は隣のクラスの上鳴電気という名前で、この日から毎日お昼休みになれば校舎裏にやってくるようになった。
最初は戸惑ったものの、彼の人の好さなのかすぐに打ち解けることができた。

「癒月ってすごい喋りやすいタイプの人間だと思う」
『そ、そうなのかな…』
「あんまり深く考えずにさ、笑って挨拶してみろよ。ぜってぇ大丈夫だから」

彼の言葉は私に勇気をくれた。
気づけば私にも友達ができていて、寂しかったお昼休みも賑やかになっていた。
それでも彼と会うために週に1回は校舎裏のいつもの場所に足を運んだ。

『言った通りにしたら本当に友達できたよ!』
「おぉ!おめでと!!やっぱり俺の言ったとおりだろ」

いつもは聞いているだけだった私の口が今日はすごく軽かった。
新しくできた友達の話や授業の話、どんどん話題がでてきた。

「あーあ!寂しくなるなぁ」
『え?なんで?』
「友達できたのは嬉しいけど…今まで俺が癒月独り占めしてたのになって…」

頬を赤くしながら上目づかいでこちらを向く彼はまるで子猫のようだった。
その場が急に緊張した空気に包まれた。
何の会話をしていたのか忘れるぐらい、心臓がドキドキしていた。

「俺、癒月が好きだ」

彼が先に口を開いた。
真っ直ぐこちらの目を見て離さない。
だんだんと近づいていく距離に私は黙って目を閉じた。


中学1年の夏、私と電気は付き合いはじめた。
ついこの間まで小学生だった私たち。
付き合うなんて大人になるまでしないだろうと思っていた。
電気といることは楽しかったし一緒にいたいと思う反面、どうふるまえばいいのかもわからないし何をすればいいのか分からず不安もあった。

お昼ご飯を一緒に食べ、帰りは手を繋いで帰る。
休みの日は遊びにでかけたり楽しかった。楽しかったはずだった。
ただ心の片隅にあった得体のしれない不安の塊は楽しければ楽しいほど大きく膨らみあがっていった。
私一人が不安を抱えているのかと思うと更に苦しくなった。

中学2年の夏になると、その苦しみに追い打ちをかけるかのような出来事が起きた。
電気が他の女の子をナンパして手を繋いでいるところを見てしまった。
今まで電気といる時間の楽しさがなんとか不安を掻き消していたのに、この日から不安が全てを覆い尽くした。
ショックだったのに私は何も電気に問い詰めなかった。
それどころか電気と距離を取り始めた。
やっぱり自分では駄目なんだと、どんどんと気持ちは沈んでいった。
そんなとき親の転勤が決まり私は逃げるように転校した。




「俺さ…癒月に好かれてるって自信がなくてさ、他の子にナンパしてヤキモチ妬いてくれるか試したんだ…ほんっと俺最低だったよな…口で聞けばよかったのにさ」
『…なんとなくそうかなって思ったよ』
「え?」
『あ、でもそう思ったのは転校したあとだったから…。私も何も聞かずに勝手に諦めて逃げて…ごめん』

あの頃の私たちはきっとお互いに不安で仕方なかったんだろう。
昼休みが終わるまで私と電気は中学の時の気持ちを今更ながらに吐き出した。