あの日から電気とも爆豪くんとも会うこともなく体育祭当日を迎えた。
朝には電気から《応援よろしく!》とメッセージが届いていた。
私は了解の文字の入ったスタンプを返しスマホを鞄の中にしまった。
会場につけば私は他の生徒と違って自分の仕事をするために救護室へ向かった。
おそらく今日一日はここで過ごすことになるだろう。
救護室へ着くと扉の前に既に人の姿があった。
『爆豪…くん?』
体操着姿の爆豪くんがドアの前で壁にもたれながら立っていた。
顔を上げ私に気づいた爆豪君は壁から背を離し、体をこちらに向けた。
「…覚えてンだろな」
『へ?』
「約束だ約束!」
〈約束〉という言葉にようやく頭から離れていた数日前の爆豪くんの言葉が蘇った。
うまく目を見ることができないまま私は首を縦に振った。
「俺は絶対1位を獲る。見てろや」
『う、うん』
電気と違って笑うこともなく、本当に1位を獲ると確信させてしまう程、その言葉ははっきりとしていた。
開会式が間もなく始まるというアナウンスが聞こえ、それ以上は何も言わずその場を去った。
小さくなっていく背中に「頑張れ」と私は小さく呟いた。
会場の入場口には開会式に出るため出場する生徒が集まっていた。
競技に参加しない私は救護室で会場の様子をモニターで見ていた。
開会式が始まって、それぞれの学科の生徒が順番に入場する。
一際大きな歓声を受けていたのはヒーロー科のA組だった。
電気と爆豪くんがモニターに映し出されるとドキッとした。
種目が始まれば救護室も大忙しだった。
軽傷の人を看るのが私の仕事だったが、数が多くほとんど試合の様子を見ることができなかった。
一息ついた頃には既に最終種目が始まっていて、モニターを見ると丁度電気の試合が行われるところだった。
(電気だ…)
心の中で頑張れと祈ったが一瞬で決着はついてしまい、さっきまでモニター越しにいた電気はすぐに救護室に運ばれてきた。
個性の使い過ぎで馬鹿になっている電気をみるのは久しぶりだった。
「う…うえーい…」
『ったく…これも変わらないんだね』
腕や顔にできていた傷を順番に触れて治していく。
モニターには次の試合が映されていた。
「俺…カッコ悪かったな…」
初めて聞く電気の少し弱い声。
顔を見れば右腕で目を隠していた。
「優勝するとか言っておきながらこのザマ…」
本気で悔しがっている電気を見たのは初めてだった。
いつも私が助けられてばかりいたせいか、電気の悔しがる姿は見たことがなかった。
『かっこよかったよ』
呟くように言うと、電気は目を覆っていた右腕を少し上にずらした。
『まぁその馬鹿になるとこはかっこ悪いけど…競技中の電気はかっこよかったよ』
「競技中限定かよ!」
『とにかくゆっくり休んでなよ。疲れ溜まってるんだし』
「わかったよ。癒月も休憩ちゃんととれよ。働きっぱなしみたいだしさ」
怪我を治し終えると電気は体を起こし、会場へと戻って行った。
救護室も少し落ち着いた頃、モニターからではない大きな歓声が聞こえた。
何事かとモニターに目をやると、決勝戦が映し出されていた。
『ほんとに…1位獲っちゃった…』
しかしカメラに映っていた爆豪くんは納得していないのか、気を失っている轟くんに掴みかかり何かを言葉を発していた。
その後の表彰式でも爆豪くんは拘束されたまま、猛犬のように暴れていた。
閉会式が終わると同時に中継は終わってしまい、その後の様子はわからない。
救護室の仕事を終え私は爆豪くんを探した。
一言、おめでとうと言いたくて会場の近くを探し回った。ヒーロー科の待機室、観客席、休憩場…。
思い当たる場所を探してみるが、どこにも姿は見当たらない。
もしかするともう帰ってしまったのだろうか。
諦めて帰ろうと救護室に戻ってくると、朝と同じように扉の前に爆豪くんが立っていた。
ずっと探していたというのにいざ目の前に姿が見えると、言おうと思っていた言葉が出てこない。
「…約束…あれ取り消しだ」
『えっ?』
なかなか言葉が出てこない私より先に爆豪くんがはっきりと言った。
朝と違って元気のない様子だった。それは疲労によるものではない。
おそらく試合の内容だろう。
それを決定づけるように言葉を続けた。
「あんな1位…俺は認めねぇ…!だから…約束もなしだ」
―プツン。
私の中で何かが切れるような音がした。
『…なに勝手なこと言ってんのよ!!』
「!?」
『勝手に私の1日くれとか言っておいて、1位に納得しないからやっぱなしとか勝手すぎるでしょ!!』
「お…お前…」
『皆がどれだけその1位が欲しかったと思ってるの?
認めない?知らないよそんなの!
努力したんでしょ、頑張ったんでしょ?ならいいじゃん!
勝ち取った1位なんだからもっと胸張ってなよ!!』
言い終えてからハッとした。
目の前にいる爆豪くんも呆気にとられてこちらを見ている。
時々私は感情的になりすぎるときがある。今がまさにそうだ。
爆豪君相手に意見するなんて怖くてできなかったはずなのに。
『あ、あの…えっと…』
「ははははは。やっぱお前すげェな」
『??』
「今週の土曜日、予定空けとけ」
『え?』
「俺にくれるんだろ。お前の1日」
さっきまで機嫌の悪かった爆豪くんはもういなかった。
爆豪くんが笑うとなぜだか鼓動が速くなる。
顔が急に熱くなる。
それがどうしてだかは分からなかった。