17 伸ばした手

ゴトンゴトンと時折大きく車体が揺れる。
窓の外に目をむけると、その先には木々が生い茂っている。
普段生活している街並みとは正反対の景色だ。
後ろを振り返ればヒーロー科1年A組の生徒が期待に胸をふくらませながらも会話をしていた。
私達が乗っているこのバスは今、合宿所へと向かっている。
行先は知らされていないため、今どこを走っているのかも分からない。
私はと言うと、リカバリーガールが学校を離れられないため救護係として同行することになった。

視線を窓の外へ戻し、ぼんやりと景色を眺めていると空いていた隣の席がずしりと沈んだ。
隣をみればそこには少し離れた位置に座っていたはずの爆豪くんが座っていた。

『ば、爆豪くん!?』
「あいつらがうるせぇから移動してきた」

あいつら、とは爆豪くんとよく一緒にいる切島くんや電気のことだろう。
離れた席に座っていてもよく声が聞こえてる。

「…つーのは建前だ。おめェの隣にきたかっただけだ」
『へっ!?』

ビックリして自分でも出したことの無いような、裏返った声が出た。

「おめェが返事考えてる間にアピールしとかねぇとだろうが」

あまりにストレートに言うものだから、恥ずかしくなって頬が赤くなっていく。
言った本人の頬も少し赤くなっていた。

「あんま無理すんなよ。ぶっ倒れたら意味ねぇんだからな」
『うん…。爆豪くんも無茶しちゃダメだからね』
「俺は倒れたりしねェよ」

私よりも大きな手は頭をぽんぽんと優しく叩いた。
心臓の音が聞こえそうなぐらい早く動く。
だんだんと早くなる鼓動とは反対にバスはスピードを落としゆっくりと止まった。
バスから降りてすぐにヒーロー科の生徒は強制的に魔獣の森へと落とされ、合宿は突如として始まった。
私はふもと近くまでバスで送迎され、すんなりと宿泊施設までたどり着いた。
それから数時間後にヒーロー科の生徒たちがボロボロになりながらも森からやってきた。
身体中擦り傷だらけで、着ていた制服も汚れてしまっていた。
すぐに手当をしようと立ち上がったけれど、手当をする程じゃないと先生に静止された。


食事の時間になるとそれぞれが自由に席についた。
私も端っこの席に自分のご飯の乗ったトレイを置いて座った。
A組のみんなは余程お腹が減っていたのか、一斉にご飯を食べ始めた。
目の前に置かれたご飯を口に運ぼうとしたとき、目の前の席に私よりも量の多いご飯が乗ったトレイが置かれた。
顔をあげれば頬や手にかすり傷をつけた爆豪くんが立っていた。

「ここ、いいか?」

縦に首をふった私をみてから椅子に腰を下ろした。
特に治療もしていないであろう傷を見ていると、なぜだかこっちまで怪我を負った気分になる。

『傷だらけだね…大丈夫?』
「こんなのなんてことねぇわ」

いつも威勢のいい爆豪くんだが、よほど疲れたのかその言葉は力なく思えた。
ご飯を箸でとりどんどん口へ運んでいく。
いつの間にか先に食べていた私よりもお皿に残ったご飯の量が減っている。

「癒月は明日どうしてんだ」

突然下の名前で呼ばれてドキッとした。
動揺を誤魔化すように目をそらす。

『えっと…見学かな』
「そうか。…じゃああんま俺のとこ来んなよ」
『え?なんで?』
「…」

珍しく言葉が詰まっていた。
照れることでも変わらず真っ直ぐ言う爆豪くんだったから、てっきり見に来いと言われると思っていた。
質問の答えをじっと見つめて待っていると、爆豪くんの頬がだんだんと赤くなっていく気がした。

「好きなやつには完璧なとこ見せたいだろうが」

答えを待っていたはずなのに、言われた私が恥ずかしくなる。
茶碗に残っていたご飯を口の中に押し込んで飲み込むと、爆豪くんは席を立った。
私の心臓がまた大きく音を立てる。
今日だけで何度こんな気分になるのだろうか。
心臓の音も熱くなった頬もなかなか治まることはなかった。



翌日からヒーロー科の合宿は本格的になった。
それぞれの個性を伸ばす特訓が始まり、私は出番があるまで見学をしていた。
特に大きな怪我をする生徒もおらず、1日のほとんどは見学か昼食の準備の手伝いなどで終えた。
爆豪くんとは初日の夕食以降あまり喋っていない。
訓練中見に来るな、と言われていたが自然と目は彼を追ってしまう。
その度に心臓が大きく音を立てた。

3日目の夜、A組B組対抗の肝試しが行われることになった。
見学ばっかりだった私も肝試しに参加することになった。
ただし驚かす側で。

『みんな結構怖がってくれたなぁ。次は誰がくるんだろ』

真っ暗な中一人というのは少し心細いが、今までこういった集団行事に参加することがなかったのでワクワクしている。
だが次に通るペアはなかなか現れない。
前のペアが通り過ぎてからだいぶ時間が経っている。
何かあったのだろうかと茂みから出た時だった。

「見つけたぜ」
『え…?』

目の前には明らかに生徒でも先生でもヒーローでもない、マスクと仮面にシルクハットを被った男が立っていた。
手足が震える。
彼が何者なのか知らないが想像が容易にできた。

ヴィラン


「迎えにきたぜ。神治癒月」
『だ…誰…』
「治癒の個性を持つあんたを連れてくるように言われててね。おとなしくきてもらうよ」

伸ばされた手が徐々にこちらへ近づいてくる。
逃げなければと頭ではわかっているのに、足は地面に固定されているかのように動かない。
訓練場の襲撃が嫌でも頭によぎる。

「癒月!」

体が一瞬宙に浮き、爆発と同時に横へ押し飛ばされた。
宙に浮いた体は地面に叩きつけれられる前に誰かに受け止められた。

『ば…くご…くん』
「大丈夫か癒月!?怪我してねェか」

息を切らしながらもしっかりと私を抱え込んだ爆豪くんをみて首を縦に振った。
ゆっくり体を地面におろすと、爆豪くんは私の前に立ち敵と向かい合った。

「爆豪勝己、君も連れてくるように言われているんだった」
「はぁ?てめェ何言ってやがる」

この間の敵とは違った威圧。
相手の個性も分からない。
ただ不用意に触れさせてはいけないことだけは、私も爆豪くんも察知している。

「癒月、立てるか」
『う…うん…』
「お前はプロヒーローここへ連れてこい」
『え?で、でもそしたら爆豪くんが』
「時間稼ぎぐらいできる。だから早くいけ」

このやりとり、前と同じだ。
爆豪くんが犠牲になろうとして、私だけが逃げようとしている。
けれど今ここで私がいたところで足手まといにしかならない。
戦える力も個性もない。
相手の個性も分からない、爆豪くんも私を庇いながら戦うのに無理がある。

「俺は大丈夫だ」

私の考えを見透かしたように爆豪くんは私の頭をくしゃっとなでた。
戦えない自分が悔しい。
けど今は悔しがっているよりも、できることをするしかない。
爆豪くんに背を向けて私は走り出した。
後ろから爆発音が聞こえる。
それでも振り返らずに走り続けた。

(大丈夫…爆豪くんなら…大丈夫…)

走っている途中、視界の端に緑谷くんたちが入った。
ほんの少し走っていた足が緩んだ。その時だった。

「戦えない者を一人にするのは間違いだったね」
『!!?』

さっきの敵が目の前に現れた。
敵の手が私に伸びた。
だがその手が私に届く前に腕が後ろへと誰かに引っ張られた。
体が後ろへ倒れる寸前、爆豪くんが私の横をすれ違った。
とっさに爆豪くんの手を掴もうとしたけれど、手先が少しかすっただけで掴むことはできなかった。
そして一瞬にして爆豪くんは姿を消した。

「かっちゃん!!!」

緑谷くんたちがこちらへ向かってくる。
倒れた私を囲むように戦闘態勢にはいった。

「ふむ。本来は2人共連れて帰る予定だったが仕方ない」

敵が手に持っている小さな玉の中にかっちゃんの姿があった。
そのすぐ後ろには黒い渦が出現した。

「待て!!」
「また迎えにくるよ、神治癒月」
『ま…まって…!爆豪くん…!!』


伸ばした手は彼に届くことなく敵ごと黒い渦の中に消え去った。
そのあとすぐにプロヒーローがかけつけ、私たちはそれぞれ病院へと運ばれた。

爆豪くんを除いてー