不審者に注意

その有様は、凄惨の一言に尽きた。
辺り一面にもうもうと立ち込める砂塵。並木道を飾る整然と並んだ木々は薙ぎ倒され、舗装された遊歩道のタイルやアスファルトは捲れ上がり、周囲の芝生は剥がされ地面は盛り上がり、穿たれ、見る影もない。特に酷いのは、クレーター状に抉られた『中心地』だった。
もし目撃者がいたとしたら、隕石が墜落したと思っただろう。
黒い彗星の如き黒い塊が、突如として自然公園に降ってきたのだ。
不幸だったのは、そこに人がいたことだった。しかも、ほぼ直撃に近い。
倒れ伏す二人の男女の間で、今し方黒い彗星が墜落した場所から、ゆらり、と影が立ち上がった。

「…………」

それは確かに人影のようだった。
長身に含まれるそれは、闇を切り取ったような黒で塗り潰されていた。ガッチリとした鎧を纏い、フードを目深に被ったその様は、まるでSF映画のワンシーンのように、現実味のない姿でその場に悠然と立っていた。

黒衣の者は、ゆっくりと辺りを睥睨した。
惨憺たる有様の周囲に驚いた素振りも見せず、注意深く周囲の様子を探っている。やがてようやく気付いたように、己を挟む形で倒れ伏す、二人の人間に色のない目を向けた。

一人は、おそらく男。体は奇妙な方向に捻じ曲がり、ひしゃげ、ピクリとも動かぬその体から急速に広がる血痕の量から見ても、既に事切れているのは明瞭である。直視に堪えぬ有様に顔色一つ変えず興味を無くすと、直ぐにもう一人の被害者に視線を移した。
こちらは女、それもかなり若いように見える。男と同じく悲惨な状態だが、手足が奇妙な方に曲がったりしていない様子から、男とは違い直撃は免れたようだ。しかし衝撃によって吹き飛ばされ、あたかも壊れたマネキンのように転がっている。それが人形ではなく、かろうじて生きた人間であることは、呼吸によって僅かに揺れる身体から確認できた。

生存者に取り乱すこともなく、黒衣の者は立ち上がった時同様ゆったりと、横たわる女に近づいた。漆黒の鉄靴が砂利や砕けたタイルを踏み鳴らす。
女の傍らで立ち止まると、身を屈めて様子を窺う。
おそらく元は美しかったであろう、顔に掛かる長い黒髪を無造作に払う。その下からは思った以上に整った顔が現れた。想像以上に若く、まだあどけなさを残した少女のようだ。残念だったのは、その花の顔≪かんばせ≫が、血と泥で酷く汚れていたことだ。身体の状態にも目を向ければ、衣服は裂け、どこもかしこも血が流れていた。それ以上に酷いのは、恐らく地面に接している側頭部中心のようで、そこから赤い水溜りがじわりと広がって行くのが見える。地面に叩きつけられたときに頭を強打したのだろう。このまま放置すれば遠からず、あの男と同じく物言わぬ躯と成り果てるだろうことは想像に難くない。
一頻り少女の様子を観察し、ゆっくりと立ち上がった。

――遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
地響きに驚いた住民の誰かが通報したのだろう。

黒衣の者が右手を虚空に翳した。しかしその不自然な行動に疑問を唱えるものはここにはいない。
いるのは既に事切れた男と、今にも呼吸を止めてしまいそうな少女だけ。

やがてサイレンの音は大きくなり、人気のなかった自然公園一帯を、赤い光が囲い込む。
現場に駆け付けた消防士や警察官は、まるで不発弾でも爆発したような惨憺たる現状に息を呑んだ。
しかしその場に黒衣の者は疎か、瀕死の少女の姿もなく……

ただ物言わぬ男の躯だけが静かに、無残な姿をさらして横たわっていた。


///後書きとか補足とか///
旧剣さん登場だけどまだセリフもない。導入部分はここで終わりで、次はいよいよ初対面の予定。